迷う視線

斎千1

夜道に響き渡った絶叫。
背筋を這う恐怖。
迫りくる殺意に悲鳴すらあげられず、身を強張らせた瞬間閃いた一筋の白光。
千鶴の眼前は紅に染まった――。

 * *

「はぁ……」

今日何度目かになるため息がこぼれる。
千鶴がいるのは京の新選組の屯所。
偶然とはいえ彼らの秘密に触れてしまった千鶴は拘束され、ここに連れて来られた。
最悪の結末を覚悟した千鶴にさした光明――それは探し求める父の存在。
鋼道と協力関係にあったという新選組と利害が一致したことで、千鶴の処分は保留となった。
けれども、父である鋼道を確実に見つけられる保証もなく、いつ裏切るかわからない危険な存在である千鶴に隊士の目は厳しい。
行動は常に監視され、雑用を手伝う以外は与えられた一室でただぼんやりと一日が過ぎるのを待つだけの毎日だった。

「父様……」

連絡の取れない父を案ずるも、今は探しに出ることも許されない。
先の見えない不安と焦りは心を疲労させ、毎夜悪夢に苛まれていた。
ふと遠のく意識。
ゆるりと、華奢な身体が傾いだ。

 * *

ドサッという物音に、今日の監視当番だった斎藤は訝しげに部屋を見た。

「雪村……今の音はなんだ?」
問いに、しかし答えはない。

「入るぞ」
断り、襖を開けた先にいたのは、床に倒れ意識を失っている千鶴。
駆け寄り呼吸を確認すると、斎藤は急ぎ山崎の元へと駆けた。

 * *

「呼吸も脈拍も異常ありません。眠っているだけですね」
「……そうか」

千鶴の診察を終え、振り返った山崎に肩を下ろす。
だが、その眉が深くひそめられていることに斎藤は気がついた。

「何か気になることがあるのか?」

「……雪村くんが倒れたのは、寝不足と疲労だと思います。たぶん屯所内に留め置かれていることが原因だと」

「…………」
山崎の言葉通り、眠る千鶴の顔は白く、疲労を感じさせた。

「俺はこのことを副長に報告してきます。斎藤さんは彼女についていてあげてください」

「わかった」

山崎の足音が遠のくと、再び視線を千鶴に戻す。
彼女を屯所に連れ帰って五ヶ月余り。
その間外出はおろか、屯所内でさえ自由に動くことは許されず。
それがどれほどの苦痛を与えているのか、力なく眠る千鶴を見れば明らかだった。
だが規律を重んじる斎藤には、原田のようにこっそり外に連れ出してやることは出来なかった。

「ん……」
身じろいだ後、ゆっくりと開かれた双眸。

「……目が覚めたか」

「斎藤さん……私……?」
まだ完全に眠りから覚めていないのだろう、ぼんやりと見上げる千鶴の額に手を添える。

「どこか具合の悪いところはないか?」
「……? はい」
「今日はゆっくり休むといい」
「いえ、そろそろ夜の仕込みをしないといけませんから」
意識がはっきりしてきたのか、身を起こそうとする千鶴を制し、立ち上がる。

「俺がやる」

「そんな、斎藤さんにご迷惑をおかけするわけには……」

「前にも言ったはずだ。日常の炊事は隊士が行うゆえ、あんたがいなくとも俺達が困ることはない」

「…………」

俯く千鶴に、自分の口下手を悔やむ。
斎藤は千鶴が役立たずだと言いたかったのではなかった。

「……今日は夜の巡察もない。それに、無理をされてあんたに倒れられては困るからな」

気遣う想いをうまく表現できない己がもどかしい。
だが、聡い千鶴は斎藤の気遣いに気づいたようで、すみませんと頭を下げた。

「では……お願いします」
「ああ」
立ち上がると、幼子にするようにそっとその頭を撫でる。

「夕餉が出来上がったら声をかける。それまで寝ておけ」
「……はい。ありがとうございます」

顔を真っ赤に染めた千鶴を不思議に思いながら、斎藤は代わりの当番をすべく勝手所に向かった。 これからしばらくの後、斎藤と沖田の口添えで千鶴は外に出れるようになったのだった。
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