平助が京を離れ、近藤も隊士募集のために江戸へと向かう――
軟禁状態の生活の中で、平助の明るさと近藤のおおらかさが大きな支えとなっていた千鶴は、しばらく会えないことに気落ちしていた。
そんな彼女を気遣い、何か俺に出来ることがあればと言ってくれた近藤に、稽古をつけて欲しいと頼むと、躊躇いつつも隊士と同じように熱心に稽古をつけてくれた。
さらにかけられた優しい言葉に、千鶴は満ちたりた気持ちで自室へと向かっていた。
と、そこに人が立ちふさがる。
「沖田さん?」
「どうして君が近藤さんに稽古をつけてもらってるの?」
棘のある声に怯みながら慌てて事情を説明すると、翡翠の瞳がさらに細く険を持つ。
「ふ~ん……つまり君は、明日遠路はるばる江戸へと旅立たなきゃいけない近藤さんを捕まえて、自分の心の隙間を埋めるために利用したんだ」
「そ、そんな利用だなんて……!」
「した、でしょう? 本来、局長である近藤さんが稽古をつけるなんて、僕らでさえほとんどないことなんだよ?
それを居候している分際の君がねだるなんて、図々しいにもほどがあるとは思わない?」
グサグサと突き刺さる言葉に、しかし言い返すことも出来ず。
唇を噛みしめ俯いたところに、朗らかな声が冷ややかな空気を一蹴した。
「総司に雪村くん。こんなところでどうしたんだ?」
「近藤さん。さっき、この子に稽古をつけてあげたんでしょう? ずるいなぁ。僕も久しぶりに
近藤さんと剣を合わせたかったのに」
「ああ、すまんすまん。懐かしくてつい力が入ってしまってな。大丈夫か、雪村くん」
「は、はい。先程は本当にありがとうございました」
先程までとはうってかわったように、きらきらの笑顔を近藤に向ける沖田に、千鶴は呆然と二人のやり取りを見守っていた――が。
「君もこれで天然理心の門下だ。総司、同門の先輩として彼女を助けてやるんだぞ?」
「……わかりました」
同格に並べられたことに、ぴくりと彼の眉が震えたが、近藤は気づかずに総司の肩に手を置くと、笑いながら去って行った。
「――千鶴ちゃん」
「は、はひっ!」
ゆっくりと振り返った総司は笑顔。
だけどその目はちっとも笑ってなくて、千鶴は恐れに顔をひきつらせた。
「僕は君の先輩なんだから、言うことは何でも聞くんだよ?」
何でも、というところに危険を感じて、千鶴は頷くことも出来ずに恐る恐る沖田を見上げた。
「あ~なんか君と話してたら、急に疲れてきちゃった。千鶴ちゃん、ちょっと肩揉んでくれる?」
「は、はい!」
勝手に部屋に入り、手招く沖田に、千鶴は慌ててその後に従い肩を揉む。
その後もしばらく、沖田による千鶴いじめは続いたとか。
千鶴は近藤に気安く近づいてはいけないと学んだのだった。