声で伝わるその表情

土千1

冷え込みが厳しい京の冬。
新選組屯所に身を寄せることになった千鶴は、洗濯を終えた服を届けに土方の部屋を訪れた。
土方と面するのはやはり緊張が伴う。
わずかばかりの間を置くと、意を決して声をかけた。

「土方さん、雪村です」
「入れ」

短い諾の返事に、千鶴は静かに襖を開けるとぺこりと頭を下げて室内へと足を踏み入れた。
部屋の主である土方は、今日も文机の前に陣取り、書に追われていた。

「あの、これ、洗濯を終えた服です」
「そこに置いてくれ」
「はい」

背を向けたままの指示に、千鶴は出入りの邪魔にならない部屋の隅に、綺麗に折りたたまれた洗濯物を置く。
千鶴が許されているのは、わずかばかりの雑用。
ただ居候しているのは気が引けて、千鶴自ら志願して得た仕事が主に洗濯だった。

「失礼します」
「ああ、待て」

いつものように用を済ませ、出て行こうとした千鶴を引き留めた声に、きょとんとしながら慌てて下げていた頭を上げた。

「茶を頼めるか?」
「お茶……ですか?」
「ああ」

短い遣り取り。
しかし、それは何よりも千鶴を喜ばせるものだった。

「はい……っ! すぐにお持ちします!」

弾んだ声と同様に、忙しなく去っていく足音に、部屋に残った土方が苦笑を浮かべる。
千鶴が新選組の屯所にいるようになって二ヶ月あまり。
最大の秘密である『新撰組』の存在を見てしまったということで拘束した彼女だったが、自ら進んで雑用に勤しむようになった。
それはただ飯を食らうというのが許せない真面目な性格ゆえと、価値がないと判断された時の処遇への不安からだろう。
しかし、隊士でもない千鶴を屯所内で自由にさせるわけにもいかず、彼女の存在を知る幹部の居住区である敷地奥だけが、唯一の行動範囲だった。
だが『蘭方医・鋼道の娘』という本人の言い分以外、素性のはっきりとしない彼女を皆が口にする大切な食事を作る勝手場に入れるわけにも言わず、もっぱら千鶴の仕事は掃除と洗濯ぐらいのものだった。
そのことを彼女が気に病んでいることは知っていた。
それは、この前庭で見せた寂しげな顔からも推測がついていた。

「そろそろ頃合だろう」

千鶴の人となりは、この二月余りで充分にわかっていた。
秘密を口外するような軽い者でないことも、まっすぐな気性であることも。

「失礼します。お茶をお持ちしました」
「おう」

襖の向こうから再び響いてきた少女の声に応えると、嬉しさを滲ませる彼女から茶を受け取る。 この日から千鶴は勝手場に入ることを許され、炊事当番を担うようになったのだった。
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