「あ……」
荷解きをしていた千鶴は、行李を覗いて小さく呟いた。
「千鶴? どうかしたのか?」
「左之助さん」
「……それって……あの時の浴衣か?」
遠い記憶を紐解く左之助に、千鶴は浴衣を手に嬉しそうに微笑む。
「はい。左之助さんや近藤さん……皆さんがくださった浴衣です」
「まだ持ってたんだな」
懐かしそうに細めた瞳の奥には、きっとかつての仲間の姿が思い出されているのだろう。
同じようにその姿を思い浮かべながら、千鶴はそっと浴衣を撫でた。
「着てみてくれねえか?」
「え?」
「あの時はゆっくり着せてやれなかったからな」
左之助の気遣いに頷くと、部屋を移って帯を解く。
淡い青色の浴衣に袖を通すと、あの日の記憶が甦る。
突然贈られた新品の浴衣。
皆でお金を出し合って買ってくれたというその浴衣を着て、千鶴は左之助たちと共に京の街へ出かけた。
酒を飲むという永倉と別れ、左之助に連れられ見た蛍。
静かな夜の川べりに小さな光が無数に飛び交う風景は、夢のように美しく浮世離れしたものだった。
胸に手をやり思い返していた千鶴は、左之助の待つ部屋へと戻る。
と、振り返った左之助が口の端をつりあげた。
「綺麗だぜ」
「ありがとうございます」
左之助の褒め言葉に顔を赤らめながら礼を言うと、手招く彼の隣りに腰をおろした。
「これからはいつだってお前にその浴衣を着せてやれる。浴衣だけじゃねえ、新しい着物もいくらでもな」
「私はこれで十分です」
「……お前は欲がねえな」
苦笑すると、肩を抱いて口づけを交わす。
早く女の格好で過ごせるようにしてやりたい。
そう思っていたあの頃の願いはかなえられた。
他ならぬ左之助の手で。
「よし、行くぞ」
「左之助さん?」
突然立ち上がった左之助に驚き立ち上がると、手を引かれるままに外に出る。
「どこに行くんですか?」
「お前のその姿を見たら見たくなったんだよ。蛍」
先程千鶴が思い返していた記憶を左之助も思い出していたことに、千鶴の顔に笑みが浮かぶ。
そうして二人、並んで歩く。
ずっとずっと、この手を離さないと誓って。