優しい思い出

原千3

「あ……」
荷解きをしていた千鶴は、行李を覗いて小さく呟いた。

「千鶴? どうかしたのか?」
「左之助さん」
「……それって……あの時の浴衣か?」
遠い記憶を紐解く左之助に、千鶴は浴衣を手に嬉しそうに微笑む。

「はい。左之助さんや近藤さん……皆さんがくださった浴衣です」
「まだ持ってたんだな」

懐かしそうに細めた瞳の奥には、きっとかつての仲間の姿が思い出されているのだろう。
同じようにその姿を思い浮かべながら、千鶴はそっと浴衣を撫でた。

「着てみてくれねえか?」
「え?」
「あの時はゆっくり着せてやれなかったからな」

左之助の気遣いに頷くと、部屋を移って帯を解く。
淡い青色の浴衣に袖を通すと、あの日の記憶が甦る。

突然贈られた新品の浴衣。
皆でお金を出し合って買ってくれたというその浴衣を着て、千鶴は左之助たちと共に京の街へ出かけた。
酒を飲むという永倉と別れ、左之助に連れられ見た蛍。
静かな夜の川べりに小さな光が無数に飛び交う風景は、夢のように美しく浮世離れしたものだった。

胸に手をやり思い返していた千鶴は、左之助の待つ部屋へと戻る。
と、振り返った左之助が口の端をつりあげた。

「綺麗だぜ」
「ありがとうございます」
左之助の褒め言葉に顔を赤らめながら礼を言うと、手招く彼の隣りに腰をおろした。

「これからはいつだってお前にその浴衣を着せてやれる。浴衣だけじゃねえ、新しい着物もいくらでもな」
「私はこれで十分です」
「……お前は欲がねえな」

苦笑すると、肩を抱いて口づけを交わす。
早く女の格好で過ごせるようにしてやりたい。
そう思っていたあの頃の願いはかなえられた。
他ならぬ左之助の手で。

「よし、行くぞ」
「左之助さん?」
突然立ち上がった左之助に驚き立ち上がると、手を引かれるままに外に出る。

「どこに行くんですか?」
「お前のその姿を見たら見たくなったんだよ。蛍」

先程千鶴が思い返していた記憶を左之助も思い出していたことに、千鶴の顔に笑みが浮かぶ。
そうして二人、並んで歩く。
ずっとずっと、この手を離さないと誓って。
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