「お、友雅の彼女?」
「こんにちは」
仕事場の視線を一気に受けて、あかねはちょっと照れながらもぺこんと頭を下げる。
今日はモデルをしている友雅の仕事場へ、見学をさせてもらいにきたのである。
「じゃあ、あかね殿はここにいてくれるかい? すぐに終わらせるから」
「はい。頑張ってくださいね」
あかねの笑顔に軽く手を上げ答えると、友雅はスタッフの元へと歩いていく。
沢山のライトで明るく照らされた部屋に、レフ板や様々な器具を持ったスタッフ。
華やかな衣装に身を包んだモデルたち。
「でも、やっぱり友雅さんが一番綺麗だよな~」
一際輝いて見える友雅に、あかねはふふっと笑みをこぼす。
あかねと共に現代にやってきた友雅が職を探していた時、声をかけてきたのがスカウトマンだった。
「やっぱり自分の彼氏が一番かな?」
声をかけられ振り向くと、メイクの女性がふふっと微笑む。
「あかねちゃん、だったかしら? 今、高校生?」
「はい」
「可愛いわね。それに肌も綺麗! やっぱり若い子は違うわね~」
頬を触られ、あかねがくすぐったそうに笑う。
「ね? あかねちゃんもちょっとメイクしてみない?」
「え?」
思いがけない言葉に、あかねが目を丸くする。
「せっかく見学に来たんだから、モデルの世界を体験してみるのも面白いわよ?」
メイクの女性の提案に、あかねは嬉しそうに頷く。
「はい! お願いします!」
連れられたメイクルームで、鏡の前に座らされ、髪をピンでとめて化粧水で肌を整える。
「もともと肌が綺麗だから、メイクは薄めの方がいいわね」
あかねの肌をじっと見つめながら、メイクの女性はてきぱきと化粧を施していく。
初めての化粧に、あかねの胸は沸き踊る。
「はい、いいわよ!」
肩にのせられていたタオルをとると、メイクの女性の掛け声にあかねはそっと瞳を開けた。
鏡に映る自分に、言葉が出ない。
「……これ、本当に私、なの?」
鏡に映る女の子は、自分とは思えないほど可憐で、美しかった。
「あかねちゃん、本当に肌が綺麗だから眉を整えた程度で、ほとんど化粧はしてないのよ。やっぱり元がいいと映えるわよね~」
うんうんと己の腕に頷くと、更にあかねを促す。
「ね、せっかくだからウィッグもつけて、服も着替えてみましょ。友雅君、びっくりするわよ」
「そ、そうかな?」
メイクの女性の勢いに押され、沢山並んだ衣装の中からチョイスされた白いワンピースに着替える。
輝く生地にレースがふんだんに使われた、本の中の妖精のような洋服にあかねは照れくさそうに頬を染める。
「あの、これ、本当に似合いますか?」
「似合う似合う! あかねちゃん、モデルに向いてるわよ!」
絶賛されて、あかねも嬉しそうに微笑む。
さらにウィッグもつけられ、鏡の前に立つあかねは別人のようであった。
「みんな~! ちょっと見て~!」
メイクの女性の声に、休憩に入っていた仕事場がどっとざわめきに包まれる。
仕事場の視線を集めているのは、白いワンピースを着た長い髪の女の子。
軽いウェーブが肩にふわりとかかり、沢山のレースに彩られたスカートは、膝丈の長さに後ろだけが長い独特なデザインのものだった。
だがその衣装に負けることのない、少女の存在感が一層華やかに際立てていた。
「あかねちゃん!? すっげ~可愛い~!」
「さすが友雅の彼女! 飾り栄えするね」
「でしょう? 元がいいから飾りがいあって楽しかったわ~」
賞賛の声に、照れくさそうに友雅を見ると、友雅は驚いた表情を浮かべ黙していた。
「友雅さん?」
あかねの声に、ハッと我にかえると、口元を優しく緩める。
「あんまり美しいから、言葉を失っていたよ。まるで天女のようだね」
「友雅さんったら……」
恥ずかしげもなく告げる友雅に、あかねは頬を赤らめる。
友雅の脳裏に、遙か時空の向こうの京の出来事が思い起こされる。
それはあかねがまだ京に来て間もない頃、藤姫の提案で十二単を着ることになった。
短い髪を気にするあかねに、かもじと呼ばれるつけ毛をつけ、淡い紫色の着物に着飾ったあかねの姿は、友雅の瞳を奪うのに十分な美しさだった。
「友雅君と並んで撮ったらすごいいい絵になるんじゃない?」
「それはいいね! 友雅、やってみようぜ!」
浮き立つ周囲の声に、友雅は苦笑を浮かべてあかねを引き寄せた。
「彼女は未成年だよ? ご両親がお怒りになってしまう」
「あ~そうか。残念だな~」
心底落胆を示す仕事場で、あかねはちょっとだけふてくされる。
自分が友雅と並んだりしたら、見劣りしてしまうことは分かっているが、それでも一緒にと言って貰えたのが嬉しかった。
それなのに、友雅はあっさりと断ってしまった。
(やっぱり私じゃ見劣りしちゃうのかな?)
しゅんとしょげるあかねの様子に、友雅はふふっと口元をほころばせると、そっとあかねの耳元で囁く。
「可憐な花を多勢の目に触れさせるのはあまりにも惜しい。私だけに見せて欲しいと思うのは、私のわがままかな?」
「友雅さん……あの、私、似合うと思いますか?」
自信なさげに上目遣いに見るあかねに、友雅は熱く囁く。
「とても可憐で、この世のものとは思えないほどに神々しい美しさだよ。衆人の目にさらすのが惜しいほどに、ね」
「えへへ……」
賞賛の言葉に、あかねが嬉しそうに微笑む。
「私も、皆に見てもらうよりも、こうして友雅さんに褒めてもらう方がずっと嬉しいです」
「仕事が終わったら二人でデートしようか。天女を連れ歩ける幸福を見せびらかしに、ね」
「友雅さんったら……」
笑って離れていく友雅の背を、あかねは微笑んで見送った。