すみれ

藤姫

茜に染まっていく空を見つめ、藤姫は小さくため息をついた。
四方の札を集めるために、毎日のように八葉と共に京を歩き回っているあかね。
神子である彼女が率先して動いているというのに、ただ邸で待つことしかできない我が身が歯痒くて仕方なかった。

「神子様……」

怪我などなされてはいないだろうか。
あかねには彼女を守る八葉がついているから、万が一にも大事ないだろうが、それでもただその身を案じることしかできない藤姫は、今日も一心に彼女の無事を祈っていた。

「ただいま~!」
「神子様!」

頼久と天真と共に帰ったきたあかねに、藤姫が立ち上がって出迎える。
あかねの全身を見渡すと、今日も無事であったことに安堵した。

「お疲れ様でした、神子様」
「今日はね! 大豊神社で可愛いねずみを見つけたんだよ!」

「ねずみ……ですか?」

「可愛いって…あれは怨霊だぜ?」

「そうだけど、でもすごく可愛かったじゃない。ね、頼久さん」

「は……はぁ」

話を振られた頼久は、困ったように言葉を濁す。
実際にそのねずみの怨霊を目にした三人には、当然のように思い浮かぶ姿も、藤姫には想像でしかなく、寂しげな笑みが顔に浮かぶ。
そんな藤姫の掌を、あかねがそっと包み込んだ。

「神子様? これは……」
藤姫の手には、小さな紫色の花。

「京の町を歩き回っていた時に見つけたんだ。小さくて可愛らしかったから、なんだか藤姫ちゃんみたいだなって思って」

「まぁ……私のために?」

あかねの言葉に、藤姫はもう一度手の中の菫の花を見つめた。
自分の髪と同じ色の花は、小さく頼りなさげで今の自分に似ていた。
それはまるで、役に立たない幼き者と言われているように思えて、藤姫は悲しげに眼を伏せた。

「藤姫ちゃん? どうしたの? その花、嫌いだった?」

俯いてしまった藤姫を、あかねが気遣う。
そんなあかねに、藤姫は小さく頭を振った。

「いいえ。とても嬉しいです、神子様」
「……嘘はだめだよ」

あかねの言葉に、藤姫の胸がどくんと波打つ。
戸惑い見上げると、透き通った瞳が見つめていた。

「嫌いなら嫌いって、そう言っていいんだよ。私が神子だからって、そんなふうに自分の気持ちを殺さないで」

「違うんです! 私は菫の花が嫌いなわけではなくて……」

「うん」

「……小さく弱々しい花の様が、自分と似ていると思ったらつい……」

藤姫の話を黙って聞いていたあかねは、瞳を瞬くとぎゅっと藤姫の手を握った。

「私はね? 小さくて、でも地にしっかりと根を張り咲いているこの花が、いつも私のために一生懸命頑張ってくれている藤姫ちゃんに見えて、
それで持って帰ってきたんだよ。いつも助けてくれてありがとうね」

「神子様……」

気丈であろうとする瞳が揺れて、涙が溢れる。
いつも待っているばかりで。
八葉のように守ることも、手助けすることも出来なくて。
そんな自分が歯痒くて、寂しいと思っていた。
なのに、そんな自分をあかねはありがとうと、そう言ってくれたのだ。

「藤姫ちゃん。誰かが待っていてくれるとね、
頑張ってそこに帰ろうって、そう思えるんだよ。だから、藤姫ちゃんがおかえりって、そう言ってくれるのが本当に嬉しくて幸せなの」

「神子様……っ。ありがとうございます」

「私こそありがとう。一人きりで不安にさせちゃってごめんね」

背に回された腕に抱きしめられて、涙は止まらずに次から次へと溢れていく。

「そうだ! 今度藤姫ちゃんも出かけてみようよ」

「え? で、でも私などが一緒に参ってはお邪魔に……」

「そんなことない! 藤姫ちゃんが楽しそうに笑ってくれると、皆すごく元気になるんだよ!」

ね、と頼久と天真を振り返ったあかねに、二人が優しく頷く。

「天真殿……頼久まで……」

「毎日邸にこもりっきりなんて気が滅入るのも当然だろ? たまには息抜きもしないとな」

「お前のようにしすぎるのも困るが……」

「あ? なんだって?」

「まーまー二人とも、喧嘩はしない!」

めっと怒られ、二人が口をつぐむ。
その様子は母に叱られている幼子のようで、藤姫はぷっと吹き出した。

「お前のせいで笑われただろ?」
「それはこっちの台詞だ」
「だから! 喧嘩はなしって言ったでしょ!?」
またも言い争いの態になった二人を、あかねが睨む。

「神子様。私は私に出来ることを精一杯させて頂きます。神子様が無事四神を取り戻せますように……」

「うん! よろしくね、藤姫ちゃん」
心まで照らし出すようなあかねの眩い笑顔に、藤姫は心からの笑みを浮かべた。
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