「聞いたわよ、ゆき!」
部屋に入るなり、母の興奮した様に、ゆきはぱちりと瞳を瞬いた。
「頑なに蓮水に縁組してくれない時には困ったけど、こうなるのなら瞬をうちの籍に入れないでよかったわ」
「お母さん? 何を言って……」
「ほら、母さん。ゆきが戸惑ってるだろう。順を追って話さないと」
「あら、ごめんなさい。嬉しくてつい……」
父に窘められ、母は乗り出していた身を戻すと、改めておめでとうと微笑む。
「ゆき、婚約おめでとう。瞬なら頼れるし、お母さん安心して任せられるわ」
「……え? 婚約……?」
「あれ? お姉ちゃん知らなかったの? 瞬兄がお母さんたちに「お姉ちゃんをください」て言ったの」
無邪気に笑う祟に、ゆきは驚き奥に座る瞬を見た。
「どんなドレスがいいかしら? あ、和装も素敵よねー! 角隠? 綿帽子? お母さんワクワクしちゃうっ」
「まだ婚約したばかりだろう? 本当に母さんは気が早いな」
自分の知らぬところでどんどん進んでいく話に、ゆきがついていけずにいると、立ち上がった瞬がゆきの肩を抱いた。
「あなたの部屋に行きましょう。説明します」
「えっと……う、ん」
「えー? 瞬兄ばっかりお姉ちゃんを独占?
ずるいなぁ」
「ふふ、祟はいつまでもお兄ちゃんお姉ちゃんに甘えん坊ね」
「そうだよ。あ、このアップルパイ、僕貰ってもいい?」
調子よく両親に甘える弟にため息をつきながら、瞬はゆきを促し彼女の部屋へと連れて行く。
「瞬兄、婚約って?」
「昨夜、父さんと母さんにあなたとの結婚の意思を告げました」
「結婚……」
瞬の言葉を繰り返して、改めてその意味を悟って顔が赤くなる。
「結婚って……私と瞬兄が……?」
「嫌ですか?」
「う、ううん。嫌じゃない……」
この世界に戻ってからは兄妹としてではなく、恋人として付き合ってきた。
だから嫌なことなんて全くないが、どこか夢のように思えてぼんやりと瞬の顔を見た。
「結婚は俺が一人前になってからと思っています。ですが、その前に父さん達に俺の意思を伝えておきたかったんです」
「瞬兄の意思……」
「俺はあなたを愛してる。いずれ結婚したいと考えています」
以前は自分の想いを口にしなかった瞬。
けれど今ではこうして隠すことなくゆきへの想いを伝えてくれる。
そのことが嬉しくもあり……照れくさくもあって、ゆきは頬を染めると目線をそらせて頷いた。
「うん……私も瞬兄が好き。……瞬兄のお嫁さんになりたい」
幼い頃、絵本で見た幸せな花嫁の姿。
その花嫁になるのだと思うと、とくとくと胸が高鳴る。
「あなたに何も言わずにすみませんでした」
「ううん。瞬兄がお父さんお母さんに話してくれたのが、すごく嬉しい……」
頬を染めて照れるゆきが愛しくて、腕の中へと抱き寄せる。
「ゆき、俺の花嫁になってくれますか」
「……はい。よろしくお願いします」
微笑み顔を上げると、誓いのキスが下りてきて。
「ん……」
「……ゆき、時々ずらしてください。息苦しくなくなります」
「うん……でも、どうすればいいかわからなくて……」
普段よりも長めのキスに呼吸の仕方を教えると、とろんとした瞳に鼓動が跳ね上がる。
「俺が教えます。だからもう少しだけ我慢してください」
「んん……」
再び重なった唇に、ゆきが少しだけ苦しげに眉を歪めるが、嫌がることはなく。
こみあげる恋情の赴くまま、瞬は唇を重ね続けた。
**余談**
「瞬兄、長過ぎ。ふふ、もしかして押し倒してた?」
「…………そんなことするわけないだろう」
「お父さんもそわそわしてたよ?お母さんは喜んでたけど」
「……………」
くすくすと楽しげに笑う祟に、瞬はゆきと家を出ることを真剣に考え始めるのだった。