「ゆき、大丈夫か?」
「うん。慣れてないからちょっと歩きづらいけど大丈夫」
新しい年が来ての初詣。
いつものように瞬、祟、都と四人で神社にやって来たゆきは、とてとてと普段よりも小さい歩幅で歩きながら微笑んだ。
「しかしあいつ、まさか着付けまで出来るとはな」
「都も瞬兄に着付けしてもらえばよかったのに」
「冗談。敵に塩を送られるような真似はごめんだね」
「敵って……。でも都、向こうの世界で着れてたよね?」
「あれはインナー代わりだったから結構適当」
「和服って胸がない人の方が上手に着れるんだよね。だから都姉でも着れたんじゃない?」
「ずいぶん堂々としたセクハラだな、祟」
「わっ! 正月早々暴力反対!」
ゆきの後ろに隠れた祟に、都はチッと舌打つと振り上げた拳を下ろした。
「都背が高いし、きっと似合うと思う。ね、瞬兄?」
「私はお前の晴れ着が見れればそれで十分だ」
「祟くんも瞬兄みたいに着ればよかったのに」
「だって着物って苦しそうじゃん。それに、お姉ちゃんが転んだ時に助けられないと困るし」
「大丈夫。瞬兄が一緒だから」
「俺が一緒だからと油断しないでください。和服は動作が制限されます。普段通りに歩くと……」
「あ」
階段につま先をひっかけ、転びそうになったゆきを支えると、瞬はふぅとため息をついた。
「……だから油断しないでくださいと言ったんです」
「ありがとう、瞬兄」
「いや。今のは階段で話しかけたお前が悪い」
「都姉だって話しかけてたじゃん」
「祟、お前はどっちの味方だ?」
「僕はお姉ちゃんの味方だよ」
ぎゅっと瞬とは逆側から腕をとる祟に、ゆきは柔らかく微笑んだ。
異世界から戻って数日。
壊れかけた絆を必死に手を伸ばして取り戻した日常。
こうしてまた四人でいられることが、とても幸せだった。
「ゆき、鳥居をくぐる前に一礼です」
「うん」
軽く一礼してから鳥居をくぐり、手水で清めてから拝殿へ。
「二礼、二拍手、一礼だっけ?」
「ああ」
都たちの遣り取りに背筋をすっと伸ばして気持ちを落ち着かせると、賽銭を入れて鈴を鳴らし、二度丁寧に頭を下げた後に二度手を鳴らし、目を伏せた。
しばらくの後、最後にもう一度頭を下げ場を離れた。
「さてと。お参りもすんだし、何か食べていくか?」
「都姉は色気より食い気だよね」
「ほお? 祟は杏子飴いらないんだな?」
「食べるよ」
むうっと頬を膨らませると、祟がゆきを振り返った。
「そういうわけで僕らはそのへん寄ってくから、お姉ちゃんは瞬兄と先に帰ってて」
「え?」
「こら、祟、お前何勝手に……!」
「お姉ちゃん今日着物だし、歩き食べして汚れたら大変でしょ? じゃあね。あ、僕ドラえもんカステラも食べたい」
暴れる都を引きずり離れていく祟に、ゆきはきょとんと瞬を見上げた。
「帰りましょう」
「うん」
ようやく隣りに並んだ瞬に、そっと手を伸ばして腕を絡める。
「こうしてもいい?」
「……はい」
ゆきのほのかに赤らんだ頬に微笑むと、彼女の歩幅に合わせてゆっくり歩きだした。
「瞬兄、和服似合うね」
「そんなことはありません。あなたの方が似合っています」
「ううん。すれ違う女の人達がみんな振り返ってるもの。それに……あの世界でもすごくかっこよかった」
「…………っ。あなたも同じです」
「え?」
「皆あなたに見惚れています。昔も今も……あの世界でも」
ゆき自身気づいてはいないが、彼女は人目を引く容姿の持ち主で、昔から寄る虫を払うのは瞬の役目だった。
「瞬兄?」
「簪が緩んでいます。先程転びかけた時に髪が崩れたのでしょう」
「あ……髪、乱れてる?」
「いえ……これで大丈夫です」
「ありがとう、瞬兄」
立ち止まり簪を直す瞬に、ゆきは微笑み礼を述べる。
「……先程お参りした時、普段よりも長かったようですが、何か願いごとでもあったのですか?」
「あ、ううん。お礼を伝えてたの」
「お礼……ですか?」
「うん。こうしてまた瞬兄と一緒にいられることのお礼」
「ゆき……」
思いがけない答えに瞬は眉を下げると、微笑み彼女を見つめた。
「俺がこうして傍にいられるのはあなたに救われたからです」
「ううん。白龍にもみんなにも助けてもらったから……だからみんなのおかげ」
一度失われた存在をもう一度得られたのは、白龍の時空を遡る力。
仲間たちの想い。
合わせ世を残してくれた天海の優しさ。
そして……誰より瞬と祟がいる世界を求めた強い願い。
「みんなの思いが重なって……今があるの」
だから。
「瞬兄。もう私の傍からいなくなったりしないで。……ずっと私の傍にいて」
「ゆき……」
ぎゅっと袖を握りしめるゆきに、瞬はゆっくり指を解いて掌を包みこんだ。
「俺はもう、決してあなたの傍を離れません」
「うん」
微笑んで、ぽすんと瞬の胸に身を委ねる。
とくん、とくんと波打つ鼓動。ぬくもり。
それは瞬が生きてゆきの傍にいる証。
「あ、そういえばおみくじ引いてなかったよね? 瞬兄、行こう」
「走らないでください。また転びます」
「……瞬兄の意地悪」
すでに一度転んだところを助けてもらっているため、恥ずかしそうに唇を尖らすゆきに微笑んで、しっかりと手を繋ぎ歩いて行く。
She's all I need.
自分の方がずっとゆきより魅力的だと、そう傲慢に言い放つ女性に告げた、瞬の偽らざる気持ち。
ゆきしかいらない。
彼女がすべてなのだから。
「瞬兄? 何か言った?」
「いいえ。何でもありません」
きょとんと見上げるゆきに微笑んで、繋いだ指先に想いを乗せた。