繋いだその手が愛しくて

瞬ゆき1

「しゅんにぃ?」
舌ったらずの呼び声に顔を上げると、小首を傾げてゆきが見つめていた。

「なにしてるの?」
「読書です」
「どくしょ?」
覗き込むと、そこに絵はなく活字ばかり。

「しゅんにぃ、面白いの?」
「面白いからではなく、学ぶために読んでいるんです」
「ふぅん……しゅんにぃはえらいんだね」

にっこり微笑むゆきに、頬が赤らむ。
瞬が手にしているのは育児書。
ゆきを守るため、あらゆる知識を得ようと読んでいた。

「ゆき。絶対一人では行動しないで下さい」
「どうして?」
「危ないからです」
「なにがあぶないの?」
「あなたがです」

あまりに無防備すぎて気が気じゃない。
その想いを込めて言うと、ゆきは不満そうに頬を膨らませた。

「ゆきはあぶなくないもん。しゅんにぃのいじわる……」
「…………!」
大きな瞳に涙がたまるのを見て、瞬は慌てて本を置く。

「すみません。俺の言い方が悪かったですね。……あなたが危ないことをするのではなく、他の者が時として危険をもたらすのです」
「???」

六歳児には難しいのだろう、瞳を瞬くゆきに、瞬は額を押さえた。
穢れなき心ゆえに龍神に選ばれた神子は、しかしあまりにも幼く無防備だった。

「あなたは俺が守ります。だから俺の傍にいてください」
「うん!」
嬉しそうに微笑んだゆきが、瞬の手を握る。
小さくて暖かな手。
その温もりに、瞬の顔にも笑みが浮かぶ。

「おねえちゃんーどこー?」
「あ、そうくんがよんでる」
弟の呼び声に、ゆきが瞬の手を引き駆けて行く。

「ゆき、走ると危ないですよ」
「だいじょうぶ。しゅんにぃがいっしょだもん」
向けられた信頼が照れくさくて、瞬は目をそらして口元を覆う。

愛しい少女。
大切な――神子。
いつか使命を果たすその時まで、彼女を守るのが瞬の役目。
母から何度となく教えられたことを胸の中で繰り返し、そっと傍らの少女を覗く。

「しゅんにぃ」
嬉しそうに自分に微笑みかけてくれることが嬉しくて。
瞬は重ね合わせた手に力を込めた。

* *

「……瞬兄?」
呼びかけにハッと身を起こす。

「……ゆき……」
「もしかして眠ってた? ごめんなさい、起こしちゃって」
「いえ……」
本を読みながらうとうとしていたのだろう、床に落ちた本を拾い上げると、椅子に座り直した。

懐かしい夢だった。
瞬が蓮水家に引き取られて間もない頃の思い出――。
隣にちょこんと座って、心配そうに覗き込むゆきの姿が、夢の中の在りし日の姿と重なり微笑みが浮かぶ。

「瞬兄?」
「ゆき」
頬に触れて、その温もりを感じて。
今も俺は、あなたと共にいる――そのことを確かめる。

「ゆき、愛してます」
囁いて、眩い笑顔に口づける。
彼女がくれた続く未来を噛みしめて。
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