「ふうん……これが君の世界の本来の姿、か……」
天海を倒し、共に時空を超え、ゆきの世界にやってきた小松の第一声がこれだった。
「ご丁寧なことに新たな記憶も刻まれている……ふふ、至れり尽くせりだね」
「小松さん?」
「この世界で私が存在するのに困らないよう、龍神が補修してくれたようだ。行くよ」
「え? どこにですか?」
「私の家」
「お、おい……!」
一人納得し、歩き出した小松に、ゆきは都に断ってから慌ててその後を追う。
ほどなくしてついたのは、高層マンション。
「ここ……ですか?」
「そう。入るよ」
当然のようにロックを外し門をくぐる小松について入ると、エレベーターで最上階へ向かう。
そこは初めて来たとは思えないほど、家具や生活用品などすべてのものがそろっていた。
「お茶を入れる道具はこれでいいのかな?」
「あ、はい。このコンロでお湯を沸かして……」
「ふうん……便利なものだね」
ボタンを押すだけで火がつく様子を小松は感心したように見つめ、やかんを火にかけ茶の用意をする。
「そこに座って。はい」
「ありがとうございます」
小松の手際の良さに驚きながらソファに腰を下ろすと、淹れたてのお茶を口にする。
「美味しい……」
「いい茶葉だね。本当にサービスがいい」
くすくすと、どこか他人事のように楽しげな小松に、ゆきは瞳を瞬いた。
「なに? 熱かった?」
「いえ、小松さんがあんまりにも馴染んでて、ちょっと驚いてただけです」
「別に馴染んではいないよ。君も知ってのとおり、私はこの世界に来たばかりだからね」
「そのわりにはその……」
「手慣れてる?」
「はい」
自分の家だと、当然のようにオートロックを解除して。
コンロを使い、茶を入れる。
それはとてもこの世界に来たばかりの者の行動とは思えなかった。
「私が時空を超えた時に、新しい記憶が作られたんだよ。この世界に住む私の……ね」
「新しい記憶……?」
「それによれば、私はここに住み、会社というものを経営しているようだよ。ふふ、明日からが楽しみだね」
微塵も不安を感じている様子のない小松に、ゆきはただ感心する。
「君に一つお願いがあるんだけど?」
「お願い……ですか?」
「そう」
突然の申し出に戸惑いながらも見つめると、小松はにこりと微笑んだ。
「帯刀」
「……え?」
「名前だよ。これからはそう呼んで」
「そんな、急に言われても……」
「だめ。ほら、呼んで」
小松の剣幕に押されて、ゆきは恥ずかしそうに名前を呼ぶ。
「た、帯刀さん……」
「よくできました」
にこりと微笑まれて、ゆきの頬が朱に染まる。
「これからはずっとそう呼ぶこと。いいね?」
「が、頑張ります……」
逆らうことなどできない雰囲気に、ゆきは恥ずかしそうに頷いた。
「さて……明日からまた問題が山積みだね」
「問題?」
「龍神は新しい記憶を植え付けてはくれたけど、それは私が実際に体験したことではないでしょ?自分でやってみないと何事も本質はわからないからね」
「そう……ですね?」
ぽんぽんと物事を考え、まとめていく様は向こうの世界にいる時と変わらなくて、ゆきは改めて小松の頭の良さと行動力を実感する。
「さしあたっての問題は……君かな」
「私ですか?」
「そう。君は私のことが好き?」
小松の質問に、ゆきは耳まで染めながらも小さく頷く。
「今度君のご両親に会わせてもらえる?」
「お父さん達に……ですか?」
「そう」
突然の申し出の意味がわからず首を傾げていると、ふぅと息を吐き出された。
「ちゃんとご挨拶をしておきたいんだよ。君との交際の了承も得たいからね」
「交際の了承……」
言葉を繰り返して、その意味に気づいて俯く。
「本当に君は色事に疎い子だね」
「すみません……」
「いいよ。教えがいがあるから」
「……え?」
瞳を瞬くと、そっと頤を掴まれ……さらりと緑の髪がふり落ちる。
「……小松さん」
「嫌だった……?」
「……いいえ」
唇に触れた小松のぬくもりに、ゆきの頬が火照る。
それでも、それは決して嫌ではなく、もっと触れてほしいと思ってしまう。
「……君ね。どこまで私を煽るつもり?」
「え?」
「まったく……無自覚だから性質が悪い」
「ごめん……なさい?」
困っている様子の小松に、理由がわからないままとりあえず謝る。
「ゆっくり時間をかけてと思ってたけど……それほど待たずともいいのかな」
「??」
「ふふ、なんでもないよ」
無自覚に小松を求めるゆきに微笑んで。
もう一度、柔らかく口づける。
小松を捕え、離さぬ愛しい花に――。