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リンドウ

腕時計で時間を確認して、ゆきが来るであろう方角に目を向ける。
今日は久しぶりの外での待ち合わせ。
普段はリンドウの家で会うことが多いが、今日は理由があった。

「おひとり?」

近くで聞こえた声に顔を向けると、そこには派手な服を纏った女。
女であることを前面に打ち出した体のラインをくっきり浮かび上がらせる服は、女の自尊心をそのまま体現しているようだ。

「なに? 僕に用?」
「ええ。よかったら一緒にお茶でもどうかと思って」

紅に彩られた唇がつり上がる様に、自分が『ナンパ』をされていることに気づき、リンドウはふっと嘲笑を浮かべた。

「悪いけど待ち合わせてるんでね。他を当たってくれる?」
「…………っ」

ぞんざいに否の意思を伝えると、断られるとは思っていなかったのか、化粧を施した顔が醜く歪んだ。

「リンドウさん!」
「ゆき」

応対するのも飽きたところで響いた愛しい声に、リンドウの表情が明るく変わった。
視線を目の前の女から駆けてくる少女に移すと、ゆきを見た女が隣りでハッと嘲笑を浮かべた。

「この子があなたの待ち合わせ相手? ずいぶん可愛らしいのね」

「ああ、君にもわかる? ゆきはすごく可愛いでしょ」

嫌味をそのまま受け返すと、女は不愉快を露わにした。

「こんな娘のどこがいいの?」
「へえ……君はずいぶん自分に自信があるんだね。この娘より自分の方が魅力的だって思ってるんだ?」

女の発した言葉に、一瞬にしてリンドウの纏う空気が変わる。
酷薄な笑みを浮かべるリンドウに、ゆきは慌ててその腕にしがみついた。

「だめです、リンドウさん! ……あの、すみません。リンドウさんは私と約束があるので、お話はまた改めてもらえませんか?」

「断る必要なんてないでしょ。君と待ち合わせしてる僕に、不躾に声をかけてきたのはむこうなんだし」

「リンドウさん」

「も……もう結構よ!」

リンドウの豹変に強張っていた女は、ゆきの丁寧な物腰にハッと我に返ると逃げるようにその場から立ち去った。

「やっといなくなったね。さあ、行こうか」
去ってなおその場に残る女のきつい香水のかおりを厭うように、ゆきの肩を抱いて歩きだす。

「どうして自分の方が上だなんて思えるのかな」
ゆきと女、並べなくともその違いは明らか。

「リンドウさん?」
「君が一番魅力的ってこと」
にこりと微笑み告げれば、頬をうっすらと染めてゆきは顔をそらした。

「あー……やっぱり家にすればよかった」
「?」

いつも通りに家で会えば、可愛いと思って抱き寄せることも口づけることも可能なのに。
けれども今日は仕方ない。

「なんでもないよ。さあ、ついた」
リンドウが連れてきたのは装飾品の店。

「ここ、ですか?」
「そう。入るよ」

女性客でにぎわっている店内に躊躇うことなく入って行くリンドウに続くと、ゆきはきょろりと辺りを見渡した。
ピアスにブレスレット・髪飾り。
色とりどりの品々に、自然と顔がほころんでいく。

「君はどういうのが好きなの?」
「え、と……これなんか可愛いと思います」
「これは?」
「これも可愛いですね」
「好きな色は?」
「特には……あ、でも、淡い色の方が好きです」
「淡い色ね」
いくつか手にとってはゆきに意見を求めるリンドウ。

「そう。……じゃあ、これは?」
しばらく店内を見て歩いていたリンドウの手にした品に、ゆきは感嘆の声を漏らした。

「綺麗……」

派手すぎず、どこか気品を感じさせるデザイン。 一目で惹かれたその品に、リンドウは満足げに頷くとさっさとレジへと歩いて行った。

「リンドウさん? 贈りものですか?」
「うん。君に」
「私に?」
会計をすませると用は終わったと手を引くリンドウに、ゆきはわけがわからず店を後にした。

 * *

そのままリンドウの家へ来たゆきは、ソファに座るやぱちんと髪飾りを外された。

「リンドウさん?」
「はい。つけてみて?」

手渡されたのは、先程買った髪飾り。
促されるままに新しい髪飾りをつけると、リンドウは満足そうに微笑んだ。

「うん、よく似合う」

「ありがとうございます……?」

「ハトが豆鉄砲喰らった顔、っていうのかな? なにがなんだかわからない、って顔してるね」

「はい」

「相変わらず素直だね。今日は何日?」

「今日……14日?」

「そう。バレンタインデーのお返しだよ」

「あ」

今日は3月14日。
バレンタインデーは自分が用意する側だったので覚えていたが、ホワイトデーはすっかり忘れていた。

「……ありがとうございます」
リンドウの想いに心からの感謝を伝えると、抱き寄せられて食まれた唇。

「やっと触れられた」

「?」

「今日、ずっとこうしたかったの。でも、人前ですると君、怒るでしょ?」

「それは当たり前です」

ゆきは自分のものだと主張するように、意図的に人前でキスを繰り返すリンドウを、以前ゆきは叱っていた。
一応はそれを受け入れてくれていたのだろう発言に、くすりと笑むともう一度食まれ。

「誰も見てないから好きなだけしてもいいでしょ」

いいとも悪いとも答える隙を与えず、深く口づけたリンドウに、ゆきはそっとその背に腕をまわして了承の意を伝えた。
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