出会い

忍千1

「あの……風早、いる?」
おずおずとそう問うてきたのは、淡い金色の髪の見知らぬ少女。

「兄弟子は師君と共に出かけている。出直すといい」
にべもない忍人の返答に、少女は落胆の色を青い瞳に浮かべ、走り去ってしまった。

(なんだ? 無礼な奴だな)
返答した忍人にお礼も言わずに立ち去った少女に、忍人の表情に不快感が浮かぶ。

「おやおや……可愛らしいお客様に無体なことをしますね」

ふふふとくぐもった笑みを含ませた声に、忍人の顔がさらに不快げに歪んだ。
声の主・柊のことが、忍人はあまり好きでなかった。
風早と同じく兄弟子である柊はとにかく舌がたち、常日頃から信用が置けないと思っていたのである。

「……俺のどこが無体というのですか?」

一応は兄弟子でもあることから敬語を使う忍人だが、顔には“うさんくさい奴”という思いがまざまざと表れていた。

「あのお方は、隔離の宮においでの二の姫様ですよ? それにあのような幼い姫に、少し言い方がきつすぎるのでは?」

柊の言葉に、忍人が目を見開く。
二の姫といえば王家の中で唯一龍の声が聞こえぬ者であり、母親である女王から人目を避けるように隔離の宮に軟禁されてる姫であった。

「あの子が二の姫……」
「“あの方”ですよ? 忍人」

驚きに思わず敬語を忘れた忍人を、柊は含み笑いで指摘する。
ぐ……っと押し黙った可愛らしい弟弟子に、慰めるように口を開いた。

「まあ、二の姫様はほとんど人目にさらされないので、忍人が知らないのも当然でしょうがね」
「……」
柊の話を頭の隅で聞き流しながら、忍人は先ほどの少女・二の姫のことを思い出していた。

弱々しく問うた声は、人目を避けるようにと申し付けた母の言葉に逆らう自分を恥らってのものなのか。
この国にはない、淡い色彩で彩られた美しい少女。
しかし神に愛されし証とされるその容姿が、彼女を軟禁という状況に追いやっていた。
今まで二の姫のことを気にもかけなかった忍人は、自分が憐憫の情を抱いていることに気づき、慌ててかぶりを振った。

(自分ごときのものが彼女を哀れんでどうしようというのか!)
忍人の葛藤を読み取った柊が、笑みを浮かべながら呟く。

「大丈夫ですよ。可憐な姫君をお助けできる日が、この先必ずやって来ますから、ね」

時々先を見知ったかのような物言いをする柊に、しかしながら忍人は素直に頷いた。

「その時は力の及ぶ限り尽くしたいと思います」

健気な言葉に、柊が目を細める。
彼の瞳には映し出されていた。
成長した忍人が、二の姫を守って戦う姿が。
 このほろ苦い出会いが、遠い日の再会を意味することに、柊は優しい笑みを浮かべた。
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