いつまでも

那千21

「ふぅ……」
こぼれたため息に、風早がそっとお茶を差し出す。

「あ。ありがとう、風早」
「どうしたんですか? お疲れのようですが」
「うん……疲れは大丈夫なんだけど、ね」
「狭井君ですか?」
「……うん」

国の権力を立て直すことを優先する狭井君と、民の生活を向上させることを優先させる千尋とは、よく意見がぶつかっていた。

王族でありながら異世界で平民として過ごしていたからか、千尋は上からではなく民の目線で考え、政務を行おうと考えていた。
しかし、身分重視で民を軽んじるところのある狭井君がそのような政策を許すはずもなく、千尋を常々悩ませていた。

「もっと勉強しないとな~」

狭井君を納得させるには知識が必要で、千尋は寝る間も惜しんで政治を勉強していた。
意見は対立するが、国を思う気持ちは本当なので、ないがしろにも出来ない。
ただ、彼女の言うままになれば、それは千尋が思い描く国の在り様とは異なることになる。

「千尋は十分すぎるほど頑張っていますよ。少し息抜きしてはどうですか? 那岐ともしばらく会ってないでしょう」
「うん……」

身分を重んじる狭井君は、風早や柊・忍人しか橿原宮に入ることを許さず、サザキや遠夜・布都彦・那岐とは、外で会うことしかできなかった。
特に那岐は、それをわずらわしがり、全く近寄ろうとしなかった。

「那岐とも何週間も会ってない」
「少し外に出て気分転換してみては? 那岐も会いたがってますよ、きっと」

異世界では家族同様に共に過ごした那岐に、千尋は一瞬悩むが、こくんと頷く。

「……うん。ちょっとだけいい?」
「ええ。狭井君はうまくごまかしておきますね」

微笑む風早に、千尋も微笑んで礼を述べると、簡素な服に着替えて門の外へと出た。


「お? 姫さんじゃねーか!」
「サザキ! 橿原に来ていたの?」
「おう! 姫さんに会えてラッキーだったぜ」

戦いが終わってから、サザキは仲間たちと共に阿蘇へと帰っていた。
久しぶりの再会に、千尋の顔にも笑顔が浮かぶ。

「姫さん、ちょっと痩せたんじゃねーか?」
「そう?」

千尋の顔を覗き込んで顔を曇らせるサザキに、千尋は慌てて頬に手をやる。
自分では食べているつもりだったが、確かに昼を抜いてしまうことも間々あった。
そんな千尋に、サザキが豪快に笑うと、服の中から取り出した袋の木の実を差し出す。

「これを食いな。元気出るぜ!」
「ありがとう、サザキ」
にっこり微笑み受け取ると、口にほうばる。

「……っ! すっぱ~い!!」
「お? 姫さんの口には合わなかったか?でも、疲れはとれるぜ」
口いっぱいに広がる酸味に顔をしかめながらも、サザキの気持が嬉しくて感謝を述べる。

「うん。ありがとうね」
「おう!」
『……神子』
千尋の気配を感じ取ったのか、遠夜が2人に歩み寄る。

「遠夜! 風早に紅茶の葉を教えてくれてありがとうね。とっても美味しかったよ」

異世界で千尋が好きだったものを、風早は可能な限り再現してくれていた。
紅茶もそうで、遠夜に似たような葉を教えてもらい、煎じて作ってくれるのである。

『俺はわからない。風早が言うような草がある場所を教えただけ……』

「それでも嬉しかったよ。ありがとう!」

笑顔を向けられ、遠夜は恥ずかしそうに頷く。

「みんなに会えて良かったよ。ずっと橿原宮から出れなかったから、心配してたんだ」

「俺らも姫さんがおえらいさん共に苛められてないか、心配してたんだぜ」

サザキの言葉にふふっと笑みを漏らす。
久しぶりの仲間との語らい。
それがとても嬉しかった。

「ねえ、那岐を知らない?」
『那岐なら向こうの森で寝ていた』
「もう! 相変わらずなんだから」
遠夜にお礼を言うと、千尋は那岐がいるという森へと駆け出した。

「どこにいるんだろう?」
きょろきょろと辺りを見渡していると、奥の方から少し驚いたような那岐の声が聞こえてきた。

「千尋?」
「那岐! そこにいたんだ!」
駆け寄ると、身を起こした那岐の隣へと腰掛ける。

「政務はいいの?」
「うん、今日はちょっとだけお休みもらったの」
「ふ~ん……」
微笑む千尋にそっけない答えを返すと、そっと頬に触れる。

「な、那岐?」
「……ちゃんと寝てる? 眼の下、くまだらけだよ」
「え!? そんなにひどいの!?」

だからサザキも心配してくれたのだな~と、千尋は慌てて目の周りを掌で覆う。

「後で遠夜にでも肌にいい薬作ってもらいな。一番は寝ることだけど、ね」
「……うん。そうする」

しゅんとしょげる千尋を慰めるように、頭をポンポンと軽く叩く。

「ねえ、那岐」
「うん?」
「もう少しだけ待ってね。私、きっと那岐と昔みたいに一緒にいられるようにするから」

聞き様によっては告白とも取れる千尋の言葉に、しかしそれが以前のように共にいられる空間をと言っているのが分かり、那岐は苦笑いを浮かべる。

「わかった。でも、無理してそんなクマばっかり作ってると、僕も寝てられなくなるからいかないからね」

「うん! ちゃんと今日から眠るようにするよ!」

微笑む千尋に、那岐の顔にも笑顔が浮かぶ。

「ちょ……っ那岐?」
「昼寝邪魔されたから、千尋枕にしてもう一回寝る」
「もう……っ!」

千尋を引きよせ一緒に寝転がると、那岐は再び瞳を閉じる。
千尋は眉を寄せながらも、ふふっと笑って那岐に寄り添った。
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