ひな祭り

風千18

「もうすぐ春だね」
桃の蕾を見つめながら微笑む千尋に、風早も頷く。

「そうですね」
「橿原にいた頃なら、お雛様飾ってたのにね」
「そういえば、千尋のために作ったことがありましたね」
可愛らしい思い出を思い出し、風早がくすりと微笑む。

異世界に逃れて一年程が過ぎたある日の事。
一緒に買い物に行った帰り、ある店の前で千尋が急に立ち止まった。
風早が不思議そうにその視線の先を追うと、そこにはきらびやかな人形が飾られていた。

「風早、あれは何?」
「あぁ、あれは雛人形ですね。3月の桃の節句に、女の子の成長を願って飾るんです」
「雛人形……」
可愛らしい人形が並んでいる様を、きらきらした瞳で見つめる千尋に、風早はかがんで視線を合わせた。

「千尋も欲しいですか?」
「え? う、うん。でも高いんでしょ?」

教職についたばかりの風早が、決して高給を貰っているわけではないことを知っている千尋は、素直に欲しいとはいえず、口ごもってしまう。
そんな千尋の心中を悟り、風早は苦笑すると千尋を抱き上げた。

「そうですね……この人形は無理ですが、千尋の雛人形は俺が用意しますよ」
「本当に?」
「ええ」

視線を合わせて頷くと、千尋の顔がぱぁっと輝く。
家に帰った風早は、早速布と格闘する。
そうして出来上がったのは、可愛らしいお雛様とお内裏様。
朝、眠い目をこすりながら起きて来た千尋は、テーブルの上にちょこんと置かれた人形を見て、歓喜の声を上げた。

「わぁ~お雛様だ!」
「ちょっと小さかったですかね?」
「ううん! 千尋のお手手にちょうどだもん! ありがとう、風早!!」

手作りの人形に大喜びしてくれる千尋に、風早も嬉しくなる。
それから毎年節分が終わると、千尋は嬉しそうにこの人形を飾っていた。

「あのお人形、こっちでも飾りたかったな」
「また作りましょうか?」
風早の提案に、千尋は頷きかけて、ある物に目を止める。
棚の奥にしまわれていた祭儀用の冠を取り出すと、風早の隣に並び、風早にも座るように促す。

「こうすれば私たちがお雛様みたいじゃない?」
可愛らしい提案に、風早からも笑みがこぼれる。

「そうですね。とっても可愛らしいお雛様です。でも……」

「でも?」

「お内裏様は俺でいいんですか?」

「風早がいいの……っ」

風早の言葉に、ちょっと照れくさそうに俯き加減で答える。
そんな千尋に風早は嬉しそうに微笑むと、そっと抱き寄せ囁いた。

「俺のお雛様はずっと千尋だけですよ」
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