「はぁ~」
たっぷり湯が張られた湯殿で、千尋は全身を伸ばす。
豊葦原では上流階級のもの、とりわけ王族のようなものしか湯殿に入ることは出来ず、こうして広々とした湯殿を一人独占している様は、なんとも贅沢だった。
「そういえば、前に忍人さんにお風呂を作ってもらったことがあったっけ」
泉で禊をしているとはいえ、やはりお風呂に入りたいと思うのが女心で、つい口に出してしまったところ、忍人がわざわざ職人に大きなたらいもどきを作らせ、即席のお風呂を用意してくれたのである。
「あの時も本当に嬉しかったけど、やっぱり毎日こうしてお風呂に入れるのは嬉しいな」
「ほぉ……そういうものか?」
「そりゃそうだよ」
問われて素直に答えるが、千尋が“ん?”と首を傾げる。
ここは湯殿で、皇妃である千尋が使っている今、誰も近づくことは出来ぬはずなのだが……。
「何を悩んでいる?」
「ア、アシュヴィン……っ!?」
いつの間にか湯に入り、当然のようにくつろぐアシュヴィンに、千尋は慌てて前を両腕で隠した。
「ど、どうしてここに? っていうか、いつの間に?」
「俺も湯に入りたかったからだ。お前がなにやら一人で思い出し笑いをしていて気づかなかっただけだろう」
「で、でも!その、私が入ってるのになんで……」
顔を赤らめながらもごもごと告げる千尋に、アシュヴィンが口の端を上げる。
「夫が妻と一緒に湯殿に入って何が悪い? それに今さら照れるような仲でもあるまい」
「…………!!」
アシュヴィンの言葉に、千尋が耳まで赤く染める。
確かにアシュヴィンとは肌も合わせたことがあるが。
というか、毎夜のごとく抱かれているわけだが。
それでも、そういう場所でそういうシーンで見られるならいざ知らず、湯殿でとなればまた話が違うもので。
「あ、あんまりこっち見ないで……」
「さぁて、どうしようかな?」
照れる様が可愛くて、つい苛めたくなる。
何度肌を合わせてもやはり恥らう千尋が可愛くて、アシュヴィンはわざと千尋へ一歩近寄る。
すると千尋が大慌てで後ずさる。
そうしてじりじり距離を縮めていくと、ついに千尋は湯殿の隅へと追い詰められてしまった。
「な、なんで近寄ってくるの!?」
「我が后の美しい肌を愛でようと思ってな」
「い、いつも見ているじゃない!」
「ほぉ? いつ俺が見ているって?」
「い、いつって……ッ」
突っ込めば、千尋がまたまた顔を染めて困ったように睨む。
「お前は本当に可愛いな」
「や、やだ、離して!」
「安心しろ。こんなところで抱きはしない。それとも期待しているのかな?」
抱き寄せ耳元で囁くと、千尋は羞恥に俯いた。
髪を結い上げ、さらされた首筋にそっと口づけを落とせば、びくりと震える肩。
「な……っ! ここでは抱かないって……っ」
「キスだけだろう? やはり期待しているのかな?」
「もう知らない!」
苛めすぎて完全にご機嫌を損ねてしまった千尋に、アシュヴィンは笑いをかみ殺すと上向かせて口づける。
「怒るなよ。お前を本当に愛してるんだからな……」