優しき暴君

知望7

『はい、あなた』
『うん、君が作る料理は最高だよ』

などという、漫画の中のベタ惚れバカ夫婦のやりとり。
そんなものは、自分と知盛の間には全く縁がないだろう、と目の前で黙々と箸を進める知盛を見て、望美はこっそりと思う。

仲間の壮絶な反対を押し切り、知盛をこの世界に連れ帰って1年ちょっと。
不満そうな知盛を何とか説き伏せ、高校を卒業するのを待ってもらい、今、望美は妻として彼の傍にいた。
ようやくいつでも傍にいられると、少しは甘いふいんきを期待した望美だったのだが。

(……甘かった……)

そもそもが甘さの欠片もない出会い方をし、剣を合わせて心を伝え合うという、突拍子もない気持ちの通わせ方をした2人なのである。
普通の恋人や夫婦のような空気を期待しても、それは到底無理なのだろう。
それでも――。

(相変わらず何考えてるのか、分からないんだよね~)

彼の傍にいるようになって1年、結婚して半月がたったが、いまだ望美は知盛という男を掴みかねていた。
それならなんで結婚なんかしたんだ、と幼馴染2人に突っ込まれそうだが。
理屈なしでこの人が欲しいと……そう思ったのだ。

何度も知盛が死んでいく運命を見た。
何度も剣を合わせ、命の駆け引きをした。
それを繰り返すうちに、いつしか彼を死なせたくないと、生き残る運命をなにがなんでも見つけたいと、そう強く思うようになっていた。
それがどんな感情によるものかも分からずに。

「――何をさっきから見ている?」
おもむろに切り出され、望美がぎくりと肩を強張らせた。

「……気づいてたの?」
上目遣いに見れば、ふんっと鼻で笑われる。

「あのような熱い視線を受けて、気づかぬ方が愚鈍というものだ……」
「そ、それは失礼しました……」
気恥ずかしさからつい謝ってしまうと、知盛の眉が不機嫌そうに歪んだ。

「言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいいだろう……?」
「べ、別に言いたいことなんて……っ」
「…………」

否定しようとして、射抜くような深紫の瞳に、うっと口ごもる。
知盛の瞳は彼を表すかのように強く、言い逃れを許さない光を持っていて。
望美は観念して、今考えていたことを口にした。

「えっと……美味しい?」
とりあえず聞いてみると、そんなことかとあからさまに不機嫌そうに眉間のシワが深まった。

「食べれなくはない……」
「そ、それってどういう意味……?」

知盛の返答に、望美の頬が引きつる。
もともと料理などしたことのなかった望美。
嫁入り前の1年間、母や幼馴染の譲に特訓を受け、何とか普通に食せる程度の腕にはなっていた。
確かに『その程度』の腕ではあるが。

「…………」
ムッとした望美が無言でご飯を口に掻きこむと、知盛が箸をおいて、ぐいっと望美の腕を掴んだ。

「……何を拗ねている」
「別に拗ねてなんかいないわよ」
「それのどこが拗ねていないと言うんだ……?」
言い逃れを許さない鋭さに、しかし望美は口をへの字に曲げる。

「不味いなら不味いって、そう言えばいいでしょっ!」
ぷいっと顔を背けると、掴まれた腕に更なる力が加えられ。

「い……っ! ちょっと、痛いってば……」
「誰もそんなことは言っていないだろう」

怒って振り返れば、望美同様に怒りを露わにした知盛に、言葉を失う。

「……俺は『食べれなくはない』と言ったんだが?」

「だから、不味いのなら……」

「誰も不味いなどとは言っていないだろう」

「じゃあ……」

「不味かったら食べたりしない」

実にきっぱり、あっさりと言い切られ。
望美は呆然と知盛を見た。

「えっと、つまりそれって……美味しいってこと?」
「…………」

これ以上はもう言わんとばかりに、腕を離して顔を背ける知盛に、望美の顔がぱぁっと輝く。

「……げんきんな女だ」
「知盛が紛らわしいのが悪いんでしょ!」

あっという間に機嫌を回復した望美に、知盛が嘲笑をもらした。

普通の恋人や夫婦のように、甘い2人でなくてもいい。
こうして顔をあわせ、同じ物を食べ、笑い合えるのならば。
望美がそう思い、微笑むと、知盛がにやりと口の端をつりあげる。

「お前はそんな欲が浅い女じゃないだろ……?」
心の内を見透かした直球の言葉に、しかし望美は笑顔で頷く。

「そうだよ。だから、あんまりそんな態度ばっかりしてると、どっかに行っちゃうからね」

ふふんとばかりに言い返すと、急に知盛が立ち上がり望美を抱き上げた。

「と、知盛っ!?」

「お前がふらふらと飛んでいかぬよう、この身体によく刻み込んでおく必要があるようだな……」

「えっ!? まさか、こんな朝っぱらからそんなこと……」

しないよね?
――という言葉の続きは、しかし不敵な笑顔で吹き飛ばされる。

「我が奥方殿は、態度で示すことを望まれているようだからな」

「ちがっ……こういう態度じゃなくて、私はもっと……っ!」

「違くはないだろう?」

艶然とした笑みに、望美がうっと言葉を詰まらせる。

「……知盛のえっち」
「お前も望んでいるのだろう?」
軽々と寝室へと運んでいく知盛に、望美が顔を赤らめてぼそりと呟く。
今日は休みの日だから、布団を干して、デートでもしようと思っていたのに。
狂った予定に、しかしいいかと思えるのは、知盛と一緒にいることには変わりがないから。
私の全てで愛し、欲したあなただから。
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