最後はキスで閉めましょう

知望6

「ねえ、知盛。出かけようよ」

「……どこへ行こうというんだ?」

「うーん。場所は決めてないけど、せっかくこんなに天気がいいんだもの。家の中にいるなんてもったいないよ」

「……だるいな」

雨続きの梅雨間の久しぶりの晴れは、気分を高揚させる。
けれどもその理屈はこの男には通じないらしいと、望美はけだるげな知盛に眉をつりあげた。

「もう! 知盛はいつもそうじゃない!」

「せっかくの休みだ……家でゆっくりして何が悪い……」

「悪いよ。休みだっていえばいっつも家の中だもの。たまには私に付き合ってくれてもいいでしょ?」

訴えるも柳に風というようにちっとも色よい返事をしない知盛に、望美は苛立ちをあらわに立ち上がった。

「もういいよ。一人で出かけてくるから」
「おい……」
かばんを手に身を翻した望美に声をかけた――瞬間。

「それなら俺達がお相手しようか?」
「え? ヒノエくん?」
「こんにちは、望美さん」
「弁慶さん。景時さんに九郎さんも……みんなどうしてここに?」

懐かしい異世界の仲間に望美が瞳を瞬くと、ヒノエがぱちりと片目をつむって肩を抱いた。

「姫君を祝いにきたんだよ」

「ええ。君と知盛殿の婚儀をね」

「俺も驚きました。呼び鈴が鳴って玄関を開けたら、みんなが立っていたんですから……」

「そうだったんだ。でも嬉しい。ありがとう、みんな!」

「で? また望美を怒らせてるのか? 知盛」

「………ふん」

呆れたように腕を組む将臣に、知盛はけだるげに目を伏せると視線を外へとそらした。

「知盛殿は気が乗らないようですから、よかったら僕達のお相手をお願いできませんか?」
「姫君の様子も聞きたいしね」
「そうだね」

ちらりと後ろを見るも、全く興味を示さない知盛にため息をついて、望美はみんなを促し外に出た。

 * *

「ねえ、ねえ、望美ちゃん! あれは何に使うの?」

「あれは洗濯機ですよ」

「でも、譲くん達の家にあったのとは形が違うよね?」

「あれはドラム式で乾燥機能がついたタイプですからね。……景時さん、くれぐれも店の商品を分解しないでくださいね」

瞳をキラキラと輝かせながら電化製品を眺める景時に、譲が不安げに注意する。
仲間を連れて町に繰り出した望美と有川兄弟は、しかし初めてこの世界にやってきた彼らには目に付くものすべてが新鮮らしく、次から次へと寄り道しては質問を受けていた。

「ごめんなさい、望美。突然皆で押しかけてしまって……」

「ううん。気にしないで。みんなに会えて嬉しかったし、私の方こそお祝いに駆けつけてくれてありがとう」

「でも、本当に知盛殿と結婚したのね」

和議の当日、望美が突然敵方の武将だった知盛を連れてきた時はとにかく驚かされたが、そのあと自分の世界に共に連れていった時はさらに驚いた。

「知盛殿とはうまくいってないの?」
「そんなことないよ。今日のは日常茶飯事って言うか……」
「あいつはものぐさだからな」
「兄さんも人のこといえないだろ」
「確かに」

興味あることには即座に動くものの、そうでないものに対しては興味を示さないところは似てるといえた。

「神子、将臣殿。あれはなんだろうか?」

「ああ、あれはプリクラだな」

「ぷりくら?」

「自分の写し絵を作る機械といえばわかるか?」

「写し絵を? へえ、それは面白そうだね。
ねえ、望美。一緒に撮らないかい」

「いいねー! 行こう、望美ちゃん」

「ほら、九郎もぼうっとしていないで行きますよ」

「い、いや、俺は……」

「九郎。神子の望みだ」

「先生……わかりました」

渋っていた九郎もリズヴァーンの言葉に、皆に習って歩いていく。

「さすがにこの人数全員写すのは難しいな」

「だな。何組か分けるか」

「……皆一緒は無理だろうか」

「そうですよね。やっぱりみんな一緒がいいですよね」

「じゃあ、ヒノエと弁慶さんは前に屈んで……って、なに先輩の肩を抱いてるんだ、ヒノエ!」

「どうせなら麗しい花と共にが良かったけど仕方ないね」

「敦盛も、そんな端に行かないでもっとくっつけって」

「いや、私はここで十分……」

「敦盛。神子の望みを叶えるのが八葉だ」

「わかりました」

なんやかんやと大騒ぎしつつ、皆で撮り終わったプリクラを手に、望美は嬉しそうに微笑んだ。

「こんなふうにみんなで写真を撮れるなんて思わなかったから、すごく嬉しい!」

「私もよ。この「ぷりくら」、大事にするわ」

「お? なんだ?」

「……どうやら時間のようだな」

突如辺りの空気の変化に見上げると、皆の姿がかすんでいた。

「あ~あ、もう少し色々見て回りたかったのにね」
「どれか一個ぐらい持ち帰りたかったな~」
「兄上」
「あはははは」
「神子、息災でな」
「あなたの幸せを願ってる」
「みんな……ありがとう!」
時空の狭間に消えた仲間に微笑むと、望美の瞳から涙が零れ落ちた。

「先輩……」
「泣くなって。ほら」
「……このハンカチ、しわしわだよ」
「贅沢言うな」
「先輩、どうぞ」
将臣のハンカチを断って譲のハンカチを受け取ると、後ろからぐいっと腕を引かれた。

「ようやく来たか」
「知盛っ?」
「帰ったか……」

押しかけてきた面子が減っていることに目を細めると、そのまま手を引き歩き出した知盛に、望美が慌てて後ろを振り返る。

「ちょ……っ、将臣くんたちがまだ……」
「あーいい、いい。俺達のことは気にすんな」
「先輩、また今度」

早く仲直りしろよ、と手を振る将臣たちに、望美は頭を下げると手を引く知盛を睨みつけた。

「……あいつらと何をしていた?」
「気になる?」
「………ふん」
大事そうに手に持つものを取り上げると、知盛は不機嫌に眉を歪めた。

「ちょっと!」
「行くぞ……」
「行くってどこへ?」

望美の質問に答えることなく、知盛が歩いていった先には先ほどのプリクラ。
驚く望美をカーテンの中に押し込むと、後は任せたとばかりにふんぞりがえる

「……もしかして妬いてる?」
「……いらんのなら帰るぞ」
「いる! ちょっと待って!」

慌てて画面を操作する望美に心の中で舌打つと、シャッターが切られる瞬間唇を奪った。
そうして顔を真っ赤に染めた望美の姿に、満足げに笑むのだった。
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