幸福

銀望2

この世界とのお別れにと、みんなで考え、開いた観桜の宴。
望美と桜を見ることを望んでいた銀と、けれども次々と声をかけられ共に過ごすことができなくて。
宴が終わった後、望美はもう少し花見を二人でしたいと、銀を誘った。

「綺麗だね……」

「はい。夢をかなえてくださってありがとうございます、神子様」

「銀?」

「あの時、御簾越しにしか拝見できなかったあなたをもう一度……桜花の元にたたずむ十六夜の君のお姿を拝見したいと、ずっと願っていました。 今宵桜花の元にたたずむあなたは、私が思い描いていた以上に美しい……まさに吉祥天のごときお姿です」

「銀は私を褒めすぎだよ」

「私はただ、ありのまま想いのままを告げているだけです。ですが、私の言葉が神子様を悩ませるというのであれば……」

「い、いいよ。ただちょっと照れくさかっただけだから……」

このまま言葉をつづけさせると物騒な発想に行きそうで、望美は慌ててその先の銀の言葉を遮った。

「今日はありがとう。銀のおかげで、みんなすごく喜んでくれたよ」

「私はただ、神子様のお考えを具現化するわずかばかりの手助けをしたにすぎません。
今宵の宴の成功は、ひとえに神子様のお優しい心が皆に伝わったからです」

「ううん。銀が花見を提案してくれなければ、
あんなに大勢の人に来てもらうことも、お礼を告げることも出来なかったから。だから、ありがとう」

「神子様……」
心からお礼を述べる望美に、銀は改めてその清らかな心に感銘を受ける。

「神子様は……元の世界へ帰られるのですね」
「……うん。きっとお父さんもお母さんも待ってるから」

白龍の誘いで突然この世界に喚ばれた望美。
けれども呪詛の種が消えて、平泉の地脈も平常になり、鎌倉と平泉の和議も進み争いも集結した。白龍の神子として望美が成すべきことは終わったのだ。

元の世界に戻る……それはずっと抱いていた願い。
それでもそれが叶う今を素直に喜べないのは、この世界で出会った大切な人との別れが悲しいから。

「私……」
「……神子様、どうか私の願いをお聞き届けくださいませんか」
「銀のお願い? 何?」

突然の申し出に瞳を瞬くと手を取られ。鼓動が一つ、飛び跳ねる。


「私をどうか神子様の世界に共にお連れください」

「…………え?」

「厚かましい願いだとわかっております。
それでも私は、神子様をお慕いするこの気持ちに目をつぶることはできません」

「ちょ、ちょっと待って!」

「……やはり私のようなものがこのような過大な願いをもつことは許されないでしょうか」

「違うの。そうじゃなくて……」

悲しげに顔を曇らせる銀に首を振りながら、望美は懸命に言葉を紡ぐ。

「銀は自分が平家の……平重衝であることを思い出したんでしょ? 私の世界に行ったらきっと、二度とこの世界には戻ってこれない。
そうしたらもう、平家の人達とも会えないんだよ? 泰衡さんにだって……」

「私は泰衡様に離反した身です。おそばでお仕えすることなどもう許されません」

「……ごめんなさい」

「どうか謝らないでください。私が望んで選んだのです。泰衡様にお仕えするよりも、一族郎党よりも……己の想いを主とする、と。
私は、あなたのお側に在りたい」

「銀……」

「あなたのいない世界は私にとって彩を失うに
等しい……そこに在り続けることは何よりも辛いことなのです」

告げられる言葉から、繋いだ手から……そして望美を見つめる菫色の瞳から銀の想いが痛いほど伝わってきて。
その手をぎゅっと握り返す。

「……私も、銀と離れたくない」
こぼれた本音に抱き寄せられる身体。

「あなたが私を望んでくださるなら、決してお傍を離れないと誓います。だからどうか、私をあなたの世界に共にお連れください」
「うん。……私と一緒に来て、銀」

確かな誘いに歓喜に震える胸。
全てを包みこむように腕に抱きしめると、望美の腕も銀の身体に絡みついて。
彼女に求められているという実感が幸福を運ぶ。

「神子様……あなたを愛しています」
「……私も……銀が、好き」
照れながらも、それでも想いに応えてくれる様が愛しくて、はらはらと桜が舞う中、届いた想いにただただ、銀は今この幸福を抱きしめ続けた。
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