Birthday Present

将望41

「将臣くん、来月の12日ってバイト?」
買ってきたアイスを手渡しながら何気なさを装い尋ねると、将臣は脳裏にカレンダーを思い描きながら頷いた。

「12日って金曜日だったか? ならバイトだな」

「夏休み中だから朝からだよね」

「なんだよ、おごって欲しいのか?」

「そうじゃないよ。じゃあ夜にはあがれるよね?」

「どこか行きたい所でもあるのか?」

「う、ん。ちょっとね。予定明けといてもらえる?」

「いいぜ。バイト終わったら連絡する」

そんな約束を交わしたのが半月前の7月の終わり。
そうして迎えた8月12日当日。
シャワーを浴びてほんのり薄化粧もして、新しく買ったばかりの洋服を身にまとった望美は、今かと将臣の連絡を待っていた。
しかし――。

「おそい」

携帯の時計は夜の7時。
予定ならば5時にはあがっているはずなのだが、将臣からの連絡はなかった。

「残業になってるのかな……」

よく働く将臣はオーナーに気に入られており、急な助っ人を頼まれることも少なくなく、望美は何度も携帯を確認してはため息をついた。

「ディナーは無理、かな」

学生の身に豪華ホテルディナーとはいかないが、ファストフードではないちょっとしゃれたお店をと、望美は友人たちから情報を集め今日行く店を練っていた。
昔馴染みの将臣が相手の場合、門限を多少過ぎても許されてはいるが、しかしあまり遅くなるのはさすがに親もいい顔をしてはくれない。
空腹を訴えるお腹をもう少しだけと宥め、望美は向かい側の灯りがともっていない将臣の部屋を見つめた。

 * *

「すっかり遅くなっちまったな……」
仲間の勘違いで引継ぎが出来ず予定より大幅に遅くなった帰宅に、将臣は携帯を手にすると手早く望美へとダイヤルした。

『……ん。まさ……おみく……ん?』
「なんだよ。寝ぼけた声だな。寝てたのか?」
『……! 今、何時!?』
「9時過ぎ。遅くなって悪かったな」
『9時……』

しゅんと沈んだ声に、将臣はあー……と気まずげに口を濁らせた。

「その……悪かったな。今日行こうと思ってたところはまた別の日ってことでいいか?」

『もう、いいよ』

「悪かったって。お前の好きなもん土産で買ってくから、機嫌直せって」

『いらない』

「…………」

いつもならば仕方ないと許してくれる望美が今日に限っては頷いてはくれず、これは相当行きたかったのかと将臣は苦虫をかみつぶした。

『お土産はいらないから、まっすぐ帰ってきて』
「本当にいいのかよ。今日は匠の豪華プリンにケーキつけてやるぜ?」
『いらない』

頑なに土産を拒む望美に、将臣は仕方なく急ぎ家へと戻った。


「望美」
窓越しに声をかけると、おずおずと開かれたカーテン。

「今日はえらくめかしこんでるな」
普段はしない化粧に、ドタキャンした事実が重くのしかかった。

「――はい」
ぐいっと差し出されたのはコンビニ袋。

「なんだ? 菓子詰め合わせ?」
「誕生日プレゼントだよ」
言われ、今日が自分の誕生日だったことに気がついた。

「サンキュ。しかしプレゼントが菓子って、もうちょっと他になかったのかよ」

「だって、予算オーバーだったんだもん」

「予算って全部菓子につぎこんだのかよ」

「違うよ。本当はディナーご馳走する予定だったんだもん」

驚き見上げると、望美がちょっと悔しそうに唇を尖らせた。

「そ……っか」
望美が今日の予定を気にしていたことも、普段はしない化粧をしていたことも。
全ては今日、自分の誕生日を祝うため。
そのことに今頃気がつき、将臣は自分の行動を悔やんだ。

「……望美。口紅ずれてるぞ」
「え? どこ?」
慌てて口元に手をやる望美を引き寄せて。
互いに身を乗り出す形で、そっと唇を重ね合わせる―――と。

ぐううううぅぅ。

「!」
「……ぷ、くっくっく……色気ねえなぁ」

「し、仕方ないでしょ。将臣くん待ってて夕飯食べ損ねたんだから」

「悪かったって。ほら、これ一緒に食おうぜ」

さっきもらった菓子の袋から一つ差し出すと、バツが悪そうに望美が受け取る。

「明日連れて行ってくれるか? お勧めの店ってやつ」

「誕生日は今日で終わりです」

「わかってるって。奢れとはいわねえよ」

拗ねたように菓子を頬張る望美に笑むと、口の中の菓子を嚥下してもう一度可愛い彼女にキスをする。
おめでとう、と言祝ぎをキスの合間に耳にした。
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