「将臣くん、ずいぶん髪伸びたよね?」
「んあ? そういえばこっちにきてから一度も
切ってねえからな」
「え? そうだったの?」
「ああ」
後ろに結った髪を弄ぶ将臣に、望美が目を丸くした。
「前はあんなに邪魔だって短く切ってばっかりだったのに……!」
「まあ、切ってる余裕もなかったし、長い方が色々と好都合だったからな」
偶然にも清盛の亡き息子・重盛に面ざしが似ていたという将臣は、黄泉から戻った還内府・平重盛と慕われていた。
「でも、今はもう伸ばす必要もねえし、ここは暑いからな。切るか」
「い、いいの?」
「あ? なんで確かめるんだよ?」
「だって……」
異世界に飛ばされ、一人平家を担い戦ってきた将臣の姿を知るだけに、つい切ることに躊躇いを覚えたのだが。
「ばあか。俺は俺、だろ?」
「――うん!」
向けられた笑顔に、望美も微笑む。
髪が伸びても、年上になっても。
将臣は将臣、望美の大切な幼馴染。
そして――。
「私が切ってあげるよ」
「げ。お前が?」
「げ、ってなによ! 髪ぐらい、私だって切れるわよ!」
「言っとくけど剃刀しかないんだぜ?」
「刃物の扱いは覚えたから大丈夫だよ」
「それは白龍の剣限定だろ」
いまだ包丁の扱いが危うい望美に、将臣が顔を引きつらせる。
「大丈夫だから!」
強引に将臣を庭に座らせると、望美は女房に髪を切る道具を揃えてもらい、結い紐を解いて癖のある硬めの髪を手に取った。
そっと剃刀の刃を当て、ゆっくりと丁寧に髪を切っていく。
「――うん、これでいいかな?」
満足げに頷く望美に、将臣は不安を覚えつつ手渡された鏡をのぞいた。
「お? いい感じじゃねえか」
「どう? 私の腕前は」
「やるじゃねえか。サンキュ!」
胸を張った望美の頭をガシガシと撫でる。
「私も切ろうかな?」
「お前も?」
「うん。暑いし、手入れしにくいし」
自然と共に生きるこの生活は髪に優しいとは言い難かった―――が。
「お前は切るな」
「え?」
「俺が好きだから」
突然の言葉に、望美が顔を真っ赤に染める。
「な、なにそれ。横暴だよ」
「愛情だろ」
口を尖らせる望美に、にやりと笑って口づけを落とす。
さらりと指の隙間から零れおちる紫苑の髪。
それは、再会を果たす以前も今も変わらぬものだった。
「それに切ると隠せなくなるぜ?」
「……ッ!!」
つん、と指さす先には紅の痕。
それは昨夜、睦事で将臣が刻んだものだった。
「将臣くんのばか」
顔を背けた望美に、将臣はその身を抱き寄せると、新たな痕を刻むのだった。