プロポーズ

将望20

「将臣くーん!」
畑仕事を終えて帰ってきた将臣の耳に、元気な少女の声が届く。
傍らの仲間から視線を前に向けると、家の前で大きく手を振る望美の姿が目に入り、将臣は片腕を上げて返した。

「お疲れ様! すぐお風呂入る?」

「あぁ、身体中真っ黒だからな。お前は今日も安徳帝と遊んでたのか?」

「うん。今日は蹴鞠をやったんだけど、あれって遠くに蹴っちゃダメなんだね」

「それはサッカーだろ」

望美が盛大に鞠を蹴飛ばした様が思い浮かんで、将臣がくっくと肩を震わす。
同じ年頃の遊び友達がいない安徳帝にとって、
身分など全く気にせずに接してくれる望美は新鮮な存在で、すっかりお気に入りとなっていた。

「明日は貝合わせだって。こっちの世界の遊びって、やってみると結構面白いんだよね」

「お前が来てから安徳帝も笑うことが増えたって、尼御前も喜んでたぞ」

「でも、みんな畑仕事したりしてるのに、私だけ遊んでていいのかなぁ」

「今は収穫の時期でもねーし大丈夫だ。それに安徳帝の相手は、今じゃお前しかできねーしな」

たまに将臣が望美を伴って出かけてしまうと、安徳帝は一日中機嫌が悪く、周りの者を困らせていた。
そのせいで、望美はすっかり安徳帝のお世話役となってしまっていた。

土で汚れた着物を脱ぎ捨て身体を洗い流すと、望美が用意してくれた着物に袖を通す。
この異世界に残ることを決めた二人は、平家と共に京を落ち延び、南の島で新たな生活を始めた。
今までの血生臭い戦ばかりの日々が嘘のように、田を耕し漁をして毎日の糧を得る穏やかな生活。
そこに望美がいる喜びを、将臣はかみしめていた。
源氏と平家に分かれてしまった事を知った時、一度は諦めようとも思ったが、どうしても諦められなかった。
だがその想いが自分だけではないと知った時、将臣は二人の絆を信じ、進むことを決めた。
そうして勝ち得たのが、今の平穏だった。

「はい! お疲れ様ね」
「サンキュー」
手渡されたフルーツジュースを一気に飲み干す。
元の世界ではご飯もまともに炊いたことがなかった望美も、不慣れながらもなんとか家を切り盛りできるようになった。

「すっかり主婦だな」
「え? だって私は将臣くんのお嫁さんでしょ?」
当たり前のように一緒の家で暮らす望美に、将臣が感心したように笑うと、きょとんとした顔が返ってくる。

「私はそのつもりだったのに……あぁ~!
まさか身の回りのお世話をする“女房サン”の方だと思ってたの!?」
頬を膨らませる望美に、ばーかとおでこを指で弾く。

「いたーい!」
「そんなこと思ってるわけないだろ?
ただ、ちゃんとお互いの意思を確認したことなかったから、お前がそう思ってたってことに驚いただけだよ」
「じゃあ、将臣くんはどう思ってたの?」
「言わせるなよ」
視線を上に泳がせる将臣に、望美がずいっと顔を近づける。

「だめ! ちゃんと言って!!」
真剣な瞳で問われ、頭をかくと胸に抱き寄せる。

「そうだな。ちゃんとプロポーズもしてなかったよな。望美……」
腕を緩め視線を合わせると、望美の胸がどくんと高鳴る。

「お前が好きだ……俺と結婚してくれるか?」

まっすぐ見つめられて告げられたストレートな言葉に、ぼんと顔を赤らめると頬を押さえて俯いてしまう。

「おいおい、せっかく真剣にプロポーズしたってのに返事なしかよ?」
「ご、ごめん。なんか急に恥ずかしくなっちゃって」
耳まで赤く染まった望美に、将臣が苦笑する。 おずおずと将臣の胸に寄り添うと、その身体に腕を絡めて小さく頷く。

「うん……ずっと一緒にいようね。大好きだよ、将臣くん」
「あぁ。お前を愛してる」
耳元で甘く囁かれ、望美がびくんと肩を震わす。

「耳元で言うのは反則だよ……っ!」
「なんだ? 耳が弱いのか?」
にやりと笑う将臣に、離れようと胸を押すが、将臣の腕がしっかりと腰に回され、逃げれない。

「こんなんで真っ赤になってるようじゃ、この先思いやられるぞ? 俺の奥方になったからにはもう我慢する必要もないからな」

「が、我慢って?」

「教えて欲しいか?」

「い、いい! そのまま我慢してて!!」

「おいおい……ひでーな」

笑いながら顎を捉えて口づける。

「愛してるぜ……ありがとうな、望美」

「ありがとうって?」

「俺の傍にいる事を選んでくれたこと。それに俺を選んでくれたことをだよ」

「じゃあ、私もありがとう。浮気しちゃ嫌だからね?」

上目遣いに見られて、口元を緩める。

「するわけないだろ? 俺は今も昔も、ずっとお前しか見てないんだからな……」
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