行け!兄馬鹿

景望1

「本当は心配していただけなんですよ。君に何かあったら、景時に合わせる顔がありません」
弁慶がにこやかに微笑んだ瞬間、側の草陰からガサガサという音が。

「なにもの!」
九郎が素早く剣を抜き、草を切った先にいたものは――。

「……サンショウウオ?」
瞳を丸くした望美に、朔が思いっきりしかめ面をする。

「……兄上」
「景時の式神ですね」
「式神?」
「陰陽師が使役に使う護符ですよ」
「陰陽師……」
数年前、注目を集めた映画を思い出す望美と譲。

「よほど朔殿のことが心配のようですね」
「……はぁ~」
にこやかな弁慶に反し、朔は深々とため息をつく。

「しかし、このまま行かれると厄介ですね……」
言うや、ビュンと薙刀が飛んでいき、ぶすりとサンショウウオに突き刺さる。

「きゃあ!」
「な、なんてことをっ!?」
サンショウウオの哀れな最期に、悲鳴を上げる望美と譲。

「大丈夫です」
歩み寄った弁慶が薙刀を抜いた瞬間、サンショウウオはぼふんという音と共に消え、紙がひらりと舞い落ちた。

「消えた! 譲くん、映画と同じだよっ!!」
「フィクションじゃなかったんですね」
マジックを間近で見たかのように興奮する望美と、驚いている譲に、弁慶がふふっと小首を傾げて微笑む。

「ね?」
「困った兄馬鹿だわ……」
「……お前たち。もっと言うことが他にあるんじゃないか?」

たとえ式神とはいえ、生き物を躊躇うことなくぶっ刺した弁慶。
妹を気遣う兄に対し、『馬鹿』と称してため息を漏らす朔。
何やら楽しげに興奮しながら語り合う譲と望美。
に、この中で一番の常識人の九郎が、冷や汗を流していたのは言うまでもない。
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