初めて聞いた声音

ヒノ望50

*このお話はゲーム設定を無視したパロディとなっています。

終わりを告げる鐘が鳴る。
「終わった~」
「ふふ、本当に日本史は苦手みたいだね」
「ヒノエくんはいいよ。日本史も他の教科も、何でもできるもん」

幼馴染の将臣も勉学に勤しむ性格でないにもかかわらず、テストのヤマ感が当たるとかで成績優秀だったが、クラスメイトであるこのヒノエも、学年で1,2位を争う秀才だった。

「姫君だって苦手なのは日本史ぐらいで、後は特に問題はないだろ?」
「まあ、そうだけど……」

問題ない、というのは追試を受けなければならないような点ではないと言うだけで、決して2人のように頭がいいとは言い難かった。

「せっかくの試験最終日、そんな顔してないで出かけようぜ。お前がこの前行きたがっていた映画でも観に行くかい?」

「行きたい! ヒノエくん、付き合ってくれるの?」

「姫君のお願いとあらば喜んで」

すっと差し出された手を、笑顔で受け取る。
藤原湛増、という華やかな彼にはいささか時代めいた名故か、ヒノエという愛称で呼ばれているこのクラスメイト。
初めて会った頃から女の子を姫君と呼ぶ様に、初めは警戒していた望美だったが、軽い態度のわりに誠実なところもあり、次第に打ち解けていき、今ではこうして放課後を共に過ごす仲になっていた。
そんな2人の間に、女生徒達が群がってくる。

「ヒノエ君、どこかに遊びに行かない?」
「悪いね。今日は先約があるんだ」
取り囲む女生徒達に、ぱちりと片目をつむってつないだ手を示す。

「私たちも一緒じゃダメなの?」
「二人きりの逢瀬を邪魔するなんて野暮はなしだよ」
ね?、と微笑まれてはそれ以上言うわけにもいかず、女生徒達はすごすごと引き下がって行った。

「別に映画は今日じゃなくても大丈夫だから、
あの子たちと出かけたら?」

「つれない姫君だね。俺は数多の花と戯れるより、ただ一輪の花と過ごしたいと、そう思っているのに」

さらりと告げられた甘言に、望美は頬を朱に染めた。

* *

映画館への道のりを並んで歩きながら、望美はちらりと隣に立つヒノエを覗き見た。
鮮やかな紅の髪に、端正な顔立ち。
華やかな容姿と行動ゆえに、彼は学校でも注目を集める存在だった。

(なんでヒノエくん、私と一緒に映画を見に行ったりするんだろ?)

望美を誘わなくとも、彼ならばいくらでも共に過ごしたいと願う相手はいるだろう。
望美とヒノエは単なるクラスメイトで、恋人同士でも何でもなかった。
なのに、彼はこうして頻繁に望美を誘っては、色々な場所へと連れて行き、彼女を楽しませてくれた。
以前だったら、幼馴染の将臣や譲を誘っていたところを、今ではヒノエと出かけることの方が多くなっていた。

「そんなにじっと見つめられると、穴が開いてしまいそうだね」

「え? あ、ごめん」

「姫君に見つめられるなんて光栄だけどね」

「ねえ。ヒノエくんはどうして私を誘うの?
ヒノエくんだったら、他にもいっぱい一緒に出かけたい子がいるでしょう?」

先程彼を取り囲んでいた女生徒達の姿が脳裏に浮かぶ。
そんな望美に、ヒノエは肩をすくめ小さく嘆息した。

「……こんなにアピールしているっていうのに、姫君は本当に罪つくりだね」
「どういうこと?」
首を傾げる望美に、つないだ手を口元に寄せると、そっと指に口づける。

「ヒ、ヒノエくん!?」
「少しは俺の気持ち、伝わったかな?」
慌てる望美に、ヒノエがにやりと口の端をつりあげる。

「今はここまで。だけど、いずれは唇をもらうよ」
宣告めいた言葉に、さすがの望美も彼の想いに気がつく。
戸惑い、それでもつないだ手を離せず。
高鳴る鼓動に揺らぐ自分を、望美は感じた。



「ちょっといい?」
複数の女生徒に連れられてきたのは、校舎裏。
その顔ぶれに、彼女たちがヒノエの取り巻きであるということが分かった。

「ヒノエ君に色目を使うのはやめてくれる?
春日さんには有川君がいるでしょ」

「将臣くんは幼馴染なだけだよ。それに、ヒノエくんに色目なんか使ってない」

勝手な言い分にムッと言い返すと、一気に相手が気色ばむ。

「有川君にヒノエ君もだなんて、春日さんって大人しそうな顔してずいぶんと手が早いのね」

「有川兄弟を独り占めにしてるってだけでも面白くないのに、その上ヒノエ君もだなんて欲張りすぎよ!」

昔から散々誤解を受けてきた、お隣の将臣・譲
兄弟との仲。
それにヒノエとの事まで勘ぐられ、望美はため息をつきたい気分だった。
だが、その反応が面白くなかったのか、一人の女生徒がどんと望美を突き飛ばした。

「おいおい。今時、校舎裏でいじめかよ」
「あ、有川君!?」
「文句を言う相手を間違ってないか?」
静かながら凄みのある眼差しに見つめられ、女生徒達が立ちすくむ。

「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう、将臣くん」
腕を引かれ、身を起こした望美は、女生徒達を見つめてきっぱりと言い放った。

「私は誰にも色目なんか使ってないよ。あなた達がヒノエくんや将臣くんの事が好きなら、本人にそう言えばいいじゃない」

「……っ、春日さんは自分から言わなくたってもてるから、そんなこと言えるのよ!」

嫉妬と羞恥で顔を染めた女生徒が叫び、踵を返す。
その後に次々と続いて、その場に将臣と望美だけが取り残された。

「将臣くんはどうしてここに来たの?」

「お前がぞろぞろと連れて行かれるのが見えたからな。案の定だったわけだ」

クラスメイトである将臣は、望美が呼び出された所を目撃し、心配して見に来てくれたのだった。

「ありがとう」

「言いたい奴には言わせとけ。けど、当分は一人にならないよう気をつけろよ?」

「うん。本当にありがとうね」

ぽんぽんと頭を撫でる将臣に、望美は頷き微笑んだ。

* *

「――ちょっといいか?」
珍しい相手からの呼びかけに、ヒノエはぴゅうっと口笛を吹くと、からかうように口の端をつりあげた。

「なんだい? 野郎からの呼び出しなんて、嬉しくもなんともないんだけど」

「俺だってお前と顔をつき合わせるなんざしたくねえよ。―――望美のことだ」

あがった名に、ヒノエの表情がスッと真剣なものへと変わる。

「あいつがお前の取り巻きに嫌がらせを受けているのを知ってるか?」
「姫君が? そんなこと……」

否定しようとして、この前の教室でのやりとりが頭をかすめる。

「お前が誰を口説こうが構いやしねぇ。だが、
あいつに半端に手を出すなら黙ってねぇぜ」
「……ふ~ん。お前も本気みたいだね」

望美はどう思っているか知らないが、将臣は幼馴染以上の好意を望美に寄せていた。
だが、ヒノエもひく気はなかった。
彼とて、戯れに彼女へと手を伸ばしたわけではないのだから。

「忠告は感謝するよ。もう、姫君へ手出しはさせない」

険しい顔で睨む将臣に言い捨て、踵を返すと教室へ戻る。
素早く視線を流し、望美を探すが、その姿は教室にはなかった。
カバンがあるということは、外へ出てはいないのだろう。
嫌な予感が胸をしめて、ヒノエは急いで教室を飛び出した。


ヒノエが望美の姿を見つけた時、そこには彼女のもう一人の幼馴染である譲がいた。
気づかれないようにそっと近寄ると、譲が手にしたタオルで望美を拭いてやっているところだった。

「大丈夫ですか?」
「うん。教室に戻ればジャージもあるし、ちょっとかっこ悪いけどそれに着替えて帰るから大丈夫だよ。タオルありがとうね」

部活へ行く途中だった譲からタオルを借りた望美は、洗濯して返すと約束すると、心配そうな譲と別れ、渡り廊下を歩いていく。
譲の姿が完全に見えなくなったところで、ヒノエは望美の腕を引いた。

「きゃっ! ……ヒノエくん? 急に引っ張るからびっくりしたよ」
「ごめん」
突然の謝罪に、望美が目を丸くする。

「……俺のせい、なんだろ?」

抱き寄せた彼女は、全身びしょ濡れだった。
自分のせいで彼女がこんな目にあっているのだと思うと、悔しさと憤りで腸が煮えくり返った。

「大丈夫だよ、これぐらい。勘違いされるのには慣れてるし」

昔から何度となく幼馴染との仲を疑われ、こうした嫌がらせを受けてきた望美は、にこっと笑いヒノエを慰めた。
こんなことに慣れてしまった彼女がいたたまれなくて、ヒノエは抱き寄せる腕に力を込めた。

「もう、こんな目にあわせたりしない。させない」
「ヒノエくん?」

いつにない真剣な声に、望美が顔を上げると、今まで見たことのない、どこか寂しげで切なげな彼の表情とぶつかった。

「お前が好きだよ」
告げられた、飾り気のないストレートな言葉に、望美は呆然とヒノエを見上げた。

「俺はお前が好きだよ。だから、もう二度とお前をこんな目に合わせたりしない。約束する」
「ヒノエ……くん」

真摯な紅の瞳が、それが偽りないことを伝えていた。
強く抱き寄せる腕の中で、望美は戸惑いつつもそっと手を重ね合わせる。

「姫君?」
「私も……ヒノエくんのこと、好きだよ」

ヒノエの取り巻きに取り囲まれた時、投げかけられた言葉に、今までのように否定の言葉を返せなかった。
それは、将臣や譲とは想いが違っていたからだった。

「これからは俺が守るよ。将臣や譲が必要ないように、しっかりね」

「じゃあ、私もヒノエくんを守るね。あなたが誰にも傷つけられないように」

先程の表情を思い出して言うと、目を瞠ったヒノエがふっと笑む。

「お前は本当に最高の女だね」
艶やか瞳が細められ、甘美な口づけが降ってくる。
ヒノエがきっぱりと望美との交際を宣言して以降、嫌がらせはなくなり、二人はクラスメイトから恋人同志となったのだった。
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