嘘を贈る日

ヒノ望45

「ヒノエくんのこと、嫌いだよ」
「うん」
「一緒になんていたくない」
「うん」

一生懸命に紡がれる嘘は愛に溢れていて、ヒノエの口元に笑みが浮かぶ。
今日は4月1日。
ヒノエの誕生日であり、『嘘の日』でもある今日、ヒノエは望美にある提案をした。
それは嘘を口にし続けること。
元来が正直者の望美には難しい注文だったらしく、紡がれる言葉は単語のように拙いものばかりだが、ヒノエを喜ばせるには十分なものだった。

「ヒノエくん、嬉しそうだね」
「それはこんなに熱烈に想いを伝えてもらえたらね。ほら、まだ正午は過ぎてないよ?」

エイプリルフールの嘘は正午まで。
そのルールに従い、今日は午前中いっぱいは嘘をつき続ける。
そう約束していた。

一方の望美はといえば、誕生日に要求されたことがこの言葉遊びだったため、苦心しつつ嘘を口にしていた。
ようは思っていることと真逆のことを言えばいいのだ。
そう思い、ヒノエに対して思うことをすべて真逆にして伝えてみているが、いちいち変換しなければならず、意外に苦戦していた。

「ヒノエくんも私のこと嫌いでしょ? 熊野になんて連れていきたくないよね?」

真実とは反対の言葉だとわかって口にしても、本心と真逆の言葉は自身をも傷つけるのだと、今しがた告げた内容に痛みを堪えるように顔を歪める。
ヒノエが自分を嫌いだなんて言いたくない。
熊野に連れていく必要がないなんて思ってほしくない。
この世界に彼がいるのは、望美の卒業までに覚悟を決め、時空を飛び越え彼の奥方になることを選ばせるためだと知っていたけど、 ヒノエほど財も知識もすべてに魅力ある男ならば当然引く手は数多だから、彼の気さえ変わってしまえばこの関係は終わってしまうものだった。

「姫君にゲームを提案したのは俺だけど、さすがにその言葉は聞き流せないかな」

知らず床に落ちていた視線。
思いがけない呟きに顔を上げると、切なげな苦笑が目に入って。
驚いている間に望美の身体はヒノエの腕に収まっていた。

「俺が生涯ただ一人望むのはお前だよ」
「……まだお昼は過ぎてないよ?」
「なら、その目に時を移さなければいい」
ゆるりと視界を覆う手に不安を感じる前に、唇にぬくもりが重なる。

「ここからの時間は俺とお前だけのもの。だからこの世界のゲームは終わりだよ」

終了を告げる言葉は心にない嘘をもう告げなくて良いのだと言っていて、望美はほっと胸を撫でおろした。

「嘘でも嫌いなんてやっぱり言いたくないね」
「……そうだね。戯れが過ぎたよ。ごめん」
「ううん。エイプリルフールだから大丈夫だって、私も思ったから」

だからこそ軽く承諾したのだが、思いがけず言葉は刃となって心をえぐり、真実をあらわにした。

「ヒノエくんが好きだよ」
「うん」
「ずっと、一緒にいたい」

するりとこぼれた言葉に、抱き寄せる腕の力が強くなる。
望美はまだ明確にヒノエと共にいる意思を告げられずにいた。
ヒノエのことは好きだ。
けれどもそれは、両親や幼馴染、友達など望美の今傍にあるものをすべて失うことを選ぶのと同意のことだから、安直にいいなどと言えるはずもなかった。

時空を隔てる恋。
まるで漫画のような物語は現実のもの。
この世界と愛する人、どちらを選ぶか。
そんな究極の選択にあっさり答えられるものはそういないだろう。
けれども、心は決まっていたのかもしれない。 彼という存在を愛しいと思ったその時点で。

「――うん」

しばしの間をあけての頷きは、ヒノエの優しさ。
望美の言葉に偽りはないけれど、それでもそれならとすぐに連れていかないのは、彼が熊野を愛しているから。
生まれ育った故郷が大切なのは誰も同じ。
それを良く知っているから。
だから。

「もう少しだけ時間をもらってもいい?
心おきなくさらってほしいから」

ヒノエが躊躇うことなく望美を熊野に連れていけるように。
望美が躊躇うことなくヒノエの傍を選べるように。
心が決まってもなお揺らぐ弱さを超えて見せるから。
そんな想いを込めて告げれば、正しくそれを理解して、再び優しい口づけが降る。
戸惑いに曇ってしまわないように、切なさに道を誤らないように常に道しるべを見つめていこう。
ただ一人、愛する人を想うこの気持ちを見失わないように。
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