最高級ハニー

ヒノ望28

「まったくうちの亭主ときたら、酒飲んで遅くに帰ってきて出迎えもないとかえらそうに文句言うのさ。ふざけるんじゃないよ」

「そうそう。こちとら朝から晩まで店で働いて、家のことまでやってるんだからね。飲んだくれの世話なんて出来るかい」

日中、熊野を見てまわった時に、商人のおばさんたちが口にしていた夫への不満。
しかしそれは、彼女の夫にはまるで当てはまらなかった。
熊野別当を務めるヒノエは、朝から晩まで働きづくめ。
それでも、どんなに遅くなっても帰ってきてくれるし、望美の機微にも聡い。

「何を考えてるんだい?」
「あ、おかえりなさい。今日は早かったんだね」
「たまにはお前とゆっくり夕餉を共にしたいからね」

ウィンクと共に振り落ちた口付けを顔を赤らめながら受け止めると、慌てて着替えを手伝う。
そうして運ばれてきた夕餉を並んで口にしながら、望美は今日のできごとをヒノエに話して聞かせた。

「…………ってことがあってね。みんな旦那さんへ不満があるみたい」

「それで?お前はどうなんだい?」

「全然ないよ。だからヒノエくんはできた夫なんだな、と感心してたの」

望美の言葉におかしそうに肩を揺らすと、薄い唇が笑みをかたどる。

「それはできた女を娶ったからね。
俺も負けてられないだろ? それに、不満なんて抱かせて白龍に連れて行かれたら困るからね」

「ヒノエくんは私を買いかぶりすぎ」

熊野別当の奥方ともなれば、屋敷内を取り仕切ることはもちろん、夫不在時には代わりに動けるようでなくてはならない。
けれどもまだまだ諸作法なども不十分で、とても奥方業をこなせているとは言い難かった。

「お前は十分やってるよ。今日も悪さを働いてた荒くれ者をやっつけたんだろ?」
「……ちゃんとお供の人は連れてたからね?」

ヒノエがどんなに優れた領主であっても、広い熊野の全てにまで目を行き届かせることは難しいだろう。
だから望美はもたらされた情報を吟味し、必要に応じて足を運んでいた。

「本当は誰の目にも触れさせず、屋敷の奥に留めておきたいんだけどね」
「そんなことしたら意地でも抜け出すからね」
「わかってるよ。だから、条件付で許してる」

源平の戦を戦ってきた望美は、そこいらの者には劣ることのない将の強さを持っていたが、それでも別当奥方という身は常に危険にさらされる。
故に必ず供の者を連れることをヒノエは約束させていた。

「今日も頑張ってくれた奥方にお土産だよ」
「わぁ……! これ、どうしたの?」
「出向いた先で奥方さまにどうぞ、ってね」

ヒノエの手から簪を受け取ると、髪をまとめておだんごにする。

「よく似あうよ」
「へへ……ありがとう、ヒノエくん」
「でも、そのうなじは危険かな」
「え?」

普段は長い髪に覆われて見えない首筋。
結いあげ露わになった白く瑞々しい肌に、吸い寄せられるように唇を寄せる。

「ヒ、ヒノエくんっ」
「ねえ、望美。頑張った夫へご褒美をくれないかい?」
「ご褒美?」
「そう」

空いた盃を離れたところへ置くと、そのまま華奢な身体に腕をからめて耳元へ甘いご褒美をねだる。
はたして……頬を染めながらもヒノエの要求がはねのけられることはなく。
鮮やかな紫苑の髪が、ゆっくりと床に広がった。
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