それは反則

ヒノ望24

「暑い……」
今は熊野別当の奥方となった望美は、日差しに照らされた庭を恨めしげに見つめた。
ヒノエと結婚して、初めて迎えた熊野での夏は思った通りの暑さで、エアコンはおろか扇風機さえないこの時代でせめてもの納涼にと、風通りのよい釣殿へと逃げてきたのだが。

「やっぱり暑い~……」
背を伝い落ちる汗に、望美はうんざりと顔をしかめた。
ただでさえ暑いというのにこの時代、露出はご法度と着物を重ね着せられているのである。
どんなに素材が夏物に変わっても、現代では半袖1枚で過ごしていた望美には耐えられるものではない。
きょろきょろと辺りを見渡すと、羽織っていた小袿を脱いで、髪を高い位置で結い上げた。
さらに、中に着ている単の襟元を緩め、裾を肌蹴て膝下を露わにした。

「はあ~。ちょっと涼しくなった~」

もしも人に見られたら、誰かに襲われたのではとあらぬ誤解を受けそうな乱れ姿。
ヒノエに見つかったら雷どころではすまないだろうが、暑さには勝てないよね、と人気がないことを幸いにあられもない姿でくつろいでいた。
――と。

「何をしているんだい。姫君?」
聞き覚えのありすぎる声に、びくんと肩が飛び跳ねた。

「ヒ、ヒノエくん!? え? どうして?」

「今日は祭事の打ち合わせだけだったからね。
たまたま早く帰れたんだよ。で? 何をそんなに慌てているのかな?」

普段ならば陽も落ちた頃でなければ帰らぬ人の姿に、慌てる望美。
に、にっこりとひたすら笑顔のヒノエ。
だが、その内心が表情を裏切っていることは一目瞭然だった。

「えっと、その、部屋にいるのが暑くてね?」
「それでここに逃げ込み、あられもない姿を晒してた……ってわけかい?」
「う……」

すっと細められた紅の瞳に、背中を嫌な汗が流れ落ちる。

「こんな姿、他の男に見られたらどうするつもりだったのかな?」
「ひ、人が来たら直すつもりだったし」
「俺が来た事にも気づかなかったのに?」
「……ごめんなさい」

応じれば即座に帰ってくる皮肉に、望美は眉を下げて降参した。
そんな望美を後ろから抱き寄せると、肌けた裾から覗く足へと手を滑らせた。

「お前が肌を晒すのは床で――俺だけに、だろ?」

うなじに若干強めに口づけると、白い肌に赤い刻印が浮かび上がった。

「ヒ、ヒノエくん!?」
「これで当分、おいたは出来ないだろ?」

微かな痛みに察しがついたのだろう、真っ赤な顔で振り返った望美に、満面の笑顔を返す。
納涼を求めた大きな代償に、この後しばらく暑さを我慢させられる望美だった。
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