「弁慶さん、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございます。望美さん、譲くん、
将臣くん」
有川家のリビングで、テーブルいっぱいに並んだ御馳走を前に弁慶は微笑み礼を言う。
今日は2月11日……弁慶がこの世に生を受けた日。
それを知った望美はサプライズパーティを計画、幼馴染の有川兄弟の協力を得て誕生日会を開いたのだ。
「すごいご馳走ですね」
「譲くんが昨日から仕込んで頑張ってくれたんです」
「望美に任せると死人が出るからな」
「将臣くんっ!」
「たくさん作りましたから遠慮なく食べてくださいね。……って兄さんは遠慮しろよ」
「なんだよ。遠慮なくって言ったろ」
「それは弁慶さんにだろ。……まったく」
言祝ぎを贈るや、皿に料理を盛る将臣に、譲は
呆れたように眉をつりあげた。
「弁慶さんの好きなものが分からなくて色々作ってもらっちゃったんですけど大丈夫でした?」
「ええ。譲くんの作るものはどれも美味しいですからね。それに、珍しいものを食べるのも面白いんです」
「弁慶さんって本当に勉強熱心ですよね」
興味があることを探求することが好きな弁慶は、目新しいものに移り気な望美には羨ましいことでもあった。
「誕生日ってことでこれ、開けちまおうぜ」
「兄さん。それ、父さんの秘蔵ものだろ?」
「いいっていいって」
「将臣くんはダメだよ。一応未成年なんだから」
「22だからいいだろ」
「それはあっちでの年! もう戻ってるんだからダメだよ」
「一人で飲んだってつまらねえって。なあ?」
弁慶が遠慮する前にさっさとグラスに酒を注いでいる将臣に、望美は頬を膨らませた。
「これは……異国のお酒ですか?」
「ウィスキー。まあ、飲んでみろよ」
くん、とにおいを確かめてから口に含むと、舌にぴりぴりとした酒特有の感触。
「結構強いけど大丈夫か?」
「はい。これくらいなら」
「弁慶さん、お酒強いんですね」
戦勝会は酒宴となるため、望美や譲はあまり長居をしなかったので分からなかったが、弁慶はそれなりに飲めるらしく、慣れないウィスキーも顔色を変えることなく飲んでいた。
* *
「大丈夫ですか?」
「ええ。少し酔いは感じますが歩けないほどではありません」
賑やかな誕生日会を終えて有川家の客室……現在借りている部屋へと引き上げた弁慶は、心配そうに見つめる望美に微笑むとそっと目を伏せた。
「……明日、あちらの世界に戻ろうと思います」
「………え?」
「もう遅いかもしれませんが、それでもこのままでいることはできませんからね」
九郎を逃がすためにひとり囮となって矢を射かけられた弁慶。
本来ならばあそこで命耐えていたところだったが、自分の世界へと帰ったはずの望美が現れた
ことで弁慶は生き長らえた。
「でも、あんなにひどい傷を負ってたのに……」
「傷は白龍のおかげで癒えました」
「傷口は塞がってても痛みはあるって、白龍言ってたじゃないですか」
「ええ。先月まではひきつる痛みがありましたがもう大丈夫です。……すべて君のおかげです」
「そんなの……っ」
弁慶の微笑みが儚く感じて、望美はきゅっと唇を噛みしめた。
――本当は分かっていた。
傷が癒えたならば、弁慶はあの世界に戻ろうと
するだろう、と。
それでも、こちらの世界の『弁慶』のように死の運命を辿るかもしれないと思うと、引き留めずにはいられなかった。
望美にとって弁慶は大切な人だから。
「引き留めても……行くんですよね」
「ええ」
「……だったら私も行きます」
「え?」
「私もついて行きます。連れて行ってください」
「ダメです」
「いやです」
「望美さん」
頑なに拒絶する望美に、弁慶はそっとその肩に
触れた。
「君には本当に感謝しています。ですが、君を
この世界に戻したのは穏やかに幸せに生きてもらいたかったから。
だから連れていくことはできません」
「……弁慶さんは間違ってます。私の幸せは弁慶さんと共にあるんです。だから一人で戻ったって幸せにはなれないんです」
弁慶を苦しませたくなくて、だから悲しくても
彼の望むとおりに元の世界に戻った。
けれども弁慶を忘れることなどできはしなかった。
勉強をしていても、友達と話していても、家族といても、弁慶を思わずにはいられなかった。
「それにまだ江の島にだって行ってないです。
他にも弁慶さんに見せたいものがいっぱいあるんです」
未来へ不安を抱く望美を元気づけようと、いつか一緒に行けたらと話した江の島。
「……すみません。あの時の言葉がまた君を傷つけてしまうのですね」
「弁慶さんが九郎さんを心配する気持ちは分かります。だから……行くなら私も行きます。
私はもう神子じゃない。ただの春日望美だから……弁慶さんのために戦えるんです」
それは矢を射かけられた弁慶の前に舞い戻った
望美が言った言葉。
龍神の神子でも、源氏の神子でもなく……ただの望美として弁慶を守るために戦うと、そう告げた言葉。
「どうしても連れて行ってくれないなら、白龍にお願いしませんから!」
「……僕の負け、ですね」
まっすぐに見つめる望美に弁慶は苦笑すると、
では……と手を取った。
「決して僕の傍を離れない。無茶をしない……
約束できますか?」
「はい」
「では行きましょうか。未来を勝ち取るために。……本当は僕も、もう君を放したくはないんです」
眩い光の中、抱き寄せる腕に身を委ねて。
今度こそ二人で幸せになる未来を得るために、
望美は弁慶と共に時空を超えた。