「姫君、ワインはどうだった?」
「すっごく美味しかったよ! ありがとう、ヒノエくん!」
貴重なワインを祝いにと贈ってくれたヒノエに、望美が笑顔で感謝を述べる。
「何かよく覚えてないんだけど、いっぺんに飲んじゃったみたいなの。貴重な物なのにごめんね」
「姫君のお口に合ったのなら光栄だよ」
「でも、ヒノエくんはすごいよね~! 私、京でワインやグラスを見れるとは思わなかったよ」
輸入がまだ盛んでない時代で、熊野水軍だけが
珍しい異国の品を手に入れられていた。
「さすがは姫君だね。ワインもグラスも知ってるなんて」
「私のいた世界にもあったからね。でも京では食器は木だから、なんだか懐かしくなっちゃった」
別れを告げた世界を思い、少し切なそうに目を
細める望美に、ヒノエはそっと手を取る。
「姫君が望むならいくらでも見せてやるよ?
紅の宝石や金銀の装飾された冠とか、ね」
「ヒノエくんのお宝コレクションなら、きっとすごいんだろうね~」
にっこり微笑む望美の手の甲にそっと口づける。
「姫君の御望みとあらば。熊野に遊びに来た時にでも見せてあげるよ。気に入ってもらえたのなら、ワインも用意するよ?」
「う……ん」
「何か心配ごとでもあるのかい?」
「実は弁慶さんにもうお酒飲んじゃダメって言われてるの」
「あいつには黙ってれば分からないよ。俺と姫君だけのヒミツにしよう」
「う~ん……」
後々のことを考えると、やはりそういうわけにもいかず、望美が顔を曇らせる。
「やっぱりやめておくね。ごめん」
望美の言葉に、ヒノエが眉をひそめる。
「姫君はあいつの所有物じゃないんだから、自分の好きなようにしていいんだぜ?」
「僕のいないところで誘惑するのはやめていただきましょうか。ヒノエ?」
「あ、弁慶さん。お帰りなさい。今日は早かったですね」
「ええ、怪我や病気で苦しむ人達が少なくて、
往診もすぐにすみました。早く帰ってきて良かったですよ。本当に油断も隙もない……」
「ほんと、邪魔なやつだよな」
「それは僕の科白です」
険悪な空気をかもしだす二人に、望美が慌てて
仲裁に入る。
「ヒノエくんは心配して遊びに来てくれただけですよ! それに、弁慶さんもお礼、まだ言ってなかったでしょ?」
「……祝いの品をありがとうございました。さすがは君らしい贈り物です。色々驚かされました」
「驚かされた?」
「ふふふ、秘密です」
弁慶の含みを持たせた物言いに、ヒノエが眉をひそめる。
「じゃあ、俺は帰るよ。姫君の麗しい顔も見れたしね。また今度迎えに来るよ。今度は邪魔が入らない時に、ね」
「僕が許すとでも?」
「姫君の行動は姫君の自由だぜ?」
にやりと口の端をあげると、手を振って去っていく。
「本当に……油断も隙もありませんね。あまりヒノエに心許してはいけませんよ?」
「もう、そんなこと言って~。ヒノエくんは弁慶さんの甥っ子なんですよ?」
甥っ子だからこそ危ないのだということが、望美は分かっていなかった。
「君を連れ去るなら、たとえそれが甥であっても僕は許さないですよ?」
弁慶の瞳に宿る光が真剣で、それが弁慶の本音であることが窺い知れて、望美はそっと弁慶に口づけた。
「本当に焼きもちやきな旦那さまですね。大丈夫ですよ。私の心はあなただけのものなんですから」
囁く望美に、弁慶が満足そうに口づけを返した。