嫉妬

弁望60

「姫君、ワインはどうだった?」
「すっごく美味しかったよ! ありがとう、ヒノエくん!」
貴重なワインを祝いにと贈ってくれたヒノエに、望美が笑顔で感謝を述べる。

「何かよく覚えてないんだけど、いっぺんに飲んじゃったみたいなの。貴重な物なのにごめんね」

「姫君のお口に合ったのなら光栄だよ」

「でも、ヒノエくんはすごいよね~! 私、京でワインやグラスを見れるとは思わなかったよ」

輸入がまだ盛んでない時代で、熊野水軍だけが
珍しい異国の品を手に入れられていた。

「さすがは姫君だね。ワインもグラスも知ってるなんて」
「私のいた世界にもあったからね。でも京では食器は木だから、なんだか懐かしくなっちゃった」

別れを告げた世界を思い、少し切なそうに目を
細める望美に、ヒノエはそっと手を取る。

「姫君が望むならいくらでも見せてやるよ?
紅の宝石や金銀の装飾された冠とか、ね」

「ヒノエくんのお宝コレクションなら、きっとすごいんだろうね~」

にっこり微笑む望美の手の甲にそっと口づける。

「姫君の御望みとあらば。熊野に遊びに来た時にでも見せてあげるよ。気に入ってもらえたのなら、ワインも用意するよ?」

「う……ん」

「何か心配ごとでもあるのかい?」

「実は弁慶さんにもうお酒飲んじゃダメって言われてるの」

「あいつには黙ってれば分からないよ。俺と姫君だけのヒミツにしよう」

「う~ん……」

後々のことを考えると、やはりそういうわけにもいかず、望美が顔を曇らせる。

「やっぱりやめておくね。ごめん」
望美の言葉に、ヒノエが眉をひそめる。

「姫君はあいつの所有物じゃないんだから、自分の好きなようにしていいんだぜ?」

「僕のいないところで誘惑するのはやめていただきましょうか。ヒノエ?」

「あ、弁慶さん。お帰りなさい。今日は早かったですね」

「ええ、怪我や病気で苦しむ人達が少なくて、
往診もすぐにすみました。早く帰ってきて良かったですよ。本当に油断も隙もない……」

「ほんと、邪魔なやつだよな」

「それは僕の科白です」

険悪な空気をかもしだす二人に、望美が慌てて
仲裁に入る。

「ヒノエくんは心配して遊びに来てくれただけですよ! それに、弁慶さんもお礼、まだ言ってなかったでしょ?」

「……祝いの品をありがとうございました。さすがは君らしい贈り物です。色々驚かされました」

「驚かされた?」

「ふふふ、秘密です」

弁慶の含みを持たせた物言いに、ヒノエが眉をひそめる。

「じゃあ、俺は帰るよ。姫君の麗しい顔も見れたしね。また今度迎えに来るよ。今度は邪魔が入らない時に、ね」

「僕が許すとでも?」

「姫君の行動は姫君の自由だぜ?」

にやりと口の端をあげると、手を振って去っていく。

「本当に……油断も隙もありませんね。あまりヒノエに心許してはいけませんよ?」

「もう、そんなこと言って~。ヒノエくんは弁慶さんの甥っ子なんですよ?」

甥っ子だからこそ危ないのだということが、望美は分かっていなかった。

「君を連れ去るなら、たとえそれが甥であっても僕は許さないですよ?」

弁慶の瞳に宿る光が真剣で、それが弁慶の本音であることが窺い知れて、望美はそっと弁慶に口づけた。

「本当に焼きもちやきな旦那さまですね。大丈夫ですよ。私の心はあなただけのものなんですから」
囁く望美に、弁慶が満足そうに口づけを返した。
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