言祝ぎの日

弁望48

「建国記念の日、ですか?」
「はい。日本ができた日って、祝日に指定されているんです」

以前から時折教えてもらっていた望美の世界のことは弁慶の知らないことばかりで面白く、人並み外れた知識欲を持つ彼には興味深いものだった。
今日、彼女の話題に上がったのは誕生日について。
この世界では新年を迎えると皆そろって年を取るため、個別に誕生日を祝う習慣はなかったが、
彼女の世界の風習も叶えられるものは大切にしたいと考え、弁慶は以前祝福を受けていた。

そうして仲間たちの誕生日を上げながら、そのうち弁慶とヒノエの誕生日が彼女の世界で何の日に当たるかを聞かされ、弁慶は自分の誕生日がこの国の誕生した日であると教えられ、顔を曇らせた。
昔、弁慶が行ったことは国を廃れさせるものであり、望美がいなければ怨霊に支配された常世のような国になってしまう危険を与えてしまった。
そんな自分が国を興した日と同じ日に生まれたなど、何と皮肉なのだろうか。
無意識に浮かんでいたのだろう自嘲に、気づくと望美の両手が頬を囲んでいた。

「望美さん?」
「過去は変えられないけど、弁慶さんが幸せになっちゃいけないなんてことはないんですよ」

自分の行いを悔やみ、贖罪に生涯を費やす覚悟をしていた弁慶は、過ちが正された後も己の罪を
忘れることはなく、罪の意識を持ち続けていた。
そんな弁慶の想いを知っているから、望美は眉を吊り上げるといいんです、とまっすぐに見つめる。

「弁慶さんが生まれてくれなかったら私は今、
こうして弁慶さんと一緒にいられなかったし、これからも幸せにするぞって頑張れないんです。だからいいんです」

この世界に在っていい――そう必死に伝える望美が眩くて、弁慶はこみあげる感情の渦を心の奥に隠しながらふわりと微笑み、望美の手に自分の手を重ねる。

「幸せにしてほしいのではなく、幸せにするというところが君らしいですね」

「だって、好きな人に幸せになってほしいし、
一緒にいるなら自分が幸せにしないとなれませんよね? だから、私がするんです」

剣を取り、運命を切り拓いていたかの神子は勇ましく、慈愛に満ちて弁慶を包みこむから、この
幸福な日々が愛おしく、手放せなくなってしまった。
いつかは天に帰る天女。一点の曇りなく、日なたを歩き、陰に生きる自分とは交わることのないと思っていた彼女が自分を選び、共にある幸せ。
それは弁慶の新たな罪であるが、望美は自分の幸せなのだと笑うから、許しを得た彼は彼女の想いに甘えてしまう。

「では、僕も君を幸せにするために、自分が幸せにならなければいけませんね」

自分を幸せにすることが望美の幸せに繋がるというのならば、自分は許されぬ罪を抱きながら未来へ歩き続ける。
彼女の道が明るいものであるように、そう願い、誓いを口にすると、望美が飛び込むように抱きついてきた。

「望美さん?」
「――幸せになりましょう」

未来を生きていく――そう弁慶が宣言する言葉の重みを誰よりも知っているから、望美の瞳から
涙が溢れ、衣を濡らす。
あなたが罪というのならばいっしょに背負い、
あなたが償うというのなら一緒に償う。
抱えきれない罪に囚われてしまわないようにその手を取って、前へと歩いていく。
それが望美が選んだ弁慶と共に歩む未来だから。

ずっと終わりを見据えて生きていた弁慶が、望美と生きる先を見つめていることが嬉しくて、幸せで、望美はぎゅっと弁慶を抱きしめた。
このぬくもりこそが何よりの幸福であり、弁慶の生きる意味である。
それを与えてくれた慈悲深い天より舞い降り、
咎人を選んだ神子を弁慶もまた抱き寄せた。
尊い言祝ぎに心震わせて。
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