紫陽花

弁望109

「紫陽花って綺麗ですよね」

昨夜の雨粒に濡れた紫陽花を見つめて微笑む望美に、弁慶もその花を見つめると「知っていますか?」と彼女に問う。

「紫陽花の花だと思っている部分は実は蕚……本当の花は中央のこの部分なんです」
「え? そうなんですか?」
「ええ。君が花弁だと思っていた所は装飾花と呼ばれる蕚の部分なんです。だから偽りの花と呼ばれることもあるんですよ」

華々しい色合いで咲き誇り、目の前のものを惹き付けるのに、その大半は花のように見せているだけの偽りの花。その姿と自分とを映し合わせて、お前のようだと言ったのは甥だったか。
紫陽花は土に寄ってその色を変える性質があり、平家源氏と渡り歩いていたところもまた、そう揶揄された理由のひとつだったのだろう。
我知らず自嘲が口端に浮かぶも、返ってきた望美の思いがけない言葉に目を見張る。

「偽りの花……でも、それでもいいんじゃないですか。本当の花じゃなくたって綺麗なことには変わりありませんし」
「君は実直な人ですね。真っ直ぐで清廉で……」

昔の自分なら眩しすぎると、陰を歩くべき自分が触れてはいけないと、そっと距離を保っただろう。
でも今はーー共に歩いていくと決めた今は、隣にありたいと強く願うから。

「紫陽花も君のような人に愛しまれれば本望でしょうね」

そのままを受け入れ、愛でてくれる。望美はそういう女性だと、誰より弁慶が知っていた。

「以前、ヒノエに紫陽花のようだと言われたことがあるんです。紫陽花の花言葉は「うつり気」というんですが――」
「それなら違いますよ。だって、弁慶さんは移ろいだりしませんから」

君への想いは移ろえないと、そう続けようとした言葉を遮って、自信たっぷりに告げる望美に微笑むと、ええと頷きその肩を抱く。

「ようやく君の信用を得られて安心しました」
「信用はずっとしてますよ?」
「そうですか? 以前、熊野に出かけた時には僕がまたよからぬことを企んでいるのではと、疑っていたと思うんですが……」
「あれは、弁慶さんが全然理由を説明してくれなかったから……っ」
「ふふ、すみません。意地悪が過ぎましたね」

両親の墓参りをした時のことを持ち出すと、焦って言い訳する望美の頬を撫でてコツンと額を合わせる。

「ヒノエの指摘は間違いですね。君への想いはずっと移ろえませんでしたから」

そう告げると、色づいた頬をそっと撫でて。 どこか苦く見つめていた紫陽花への思いが変わっていくのを感じた。

20190602
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