言祝ぎの灯火

弁望106

揺らぐ灯火と並んだご馳走。
それらを見つめながら、いまだに不思議な心持ちになるのは、弁慶が元々この世界の住人ではないからだろう。

時空は異なるが似た歩みを辿るこの世界の800年前に相当する時代から、ひょんな巡り合わせでやって来た弁慶には見るもの全てが目新しく、日々驚きの連続だった。
それでも、便利で不便なこの世界に残ろうと思ったのは目の前の存在ゆえ。
弁慶が滅した応龍の半身である白龍に選ばれた神子・望美。彼女をこんなふうに愛しく思う日が来るとは正直思ってはいなかった。
弁慶が歩くのは贖罪の道で、その先に自分の未来を見いだしてはいなかったから。

「その願いも投げ出してこんな遠い世界に来るなんて思いもしませんでしたね」

必ず成し遂げなければならない――そう決意していた応龍の復活を見届けてもいないのに、新たな願いを選んだ自分はやはり咎人なのだろう。
あの時、この世界に残る選択をしなければ、もう二度と彼女と会えないのだと……いや、それよりももっと以前、欺いた弁慶を望美が追って八幡宮にやって来たときには、もうこの思いは覆せないものになっていた。
世界よりもただ一人の女性を選ぶなんて、自分でさえ不思議だった。
色恋を知らないわけではなかったが、溺れることなどあるわけもなく、秤にのること事態あり得ないことだった。

「弁慶さん?」

呼びかけに意識を今に戻す。
目の前に並ぶのは、弁慶の『誕生日』を祝うために望美が用意してくれた品々。
ケーキにロウソクを灯して祝う外国の様式は何度繰り返しても不思議なものだが、彼女には当たり前のことらしく、弁慶が吹き消さない限りはこのままであることを知っているから、揺れる灯火を吹き消すと言祝がれて、向けられた微笑みに口許が緩む。

「ありがとうございます、望美さん」

テーブルに並んだ料理は望美が作ったもの。
味付けがおおざっぱで不得意だった料理をこうして仕上げられるようになったのが弁慶のためだと思えば自然と口許が緩んでしまうのも当然だろう。
習得のために譲と二人の時間を過ごすのは複雑だが、自分のためだと思えば反対することも出来ないから、ただ労いと感謝を口にする。

「ありがとうございます。また新しいメニューを習得したんですね」
「今日はワインも買っちゃいました!」
「それは……今日は君を帰さなくていいと思っていいんでしょうか?」

期待と確信を抱いて微笑めば、顔を赤らめて頷く姿に愛しさが溢れて。
尽きることのない幸せに素直に身を浸して、まずはと目の前の料理に手を伸ばした。
メインディッシュはこの後のお楽しみ――。

20190211
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