おやすみ添い寝ボイスイメージ短編6篇

弁望108

①君のぬくもりで僕を温めてほしいといったら……どうしますか?/十六夜END後

「君のぬくもりで僕を温めてほしいといったら……どうしますか?」
組み敷かれ、問いかける琥珀の瞳に身じろぐことも出来ずにただ見つめ返す。

九郎を助けに再び時空を越え、合流して。
なんとか追っ手を振り切り、熊野のヒノエの元へと身を隠した望美たちは、今後のことについて
話し合った。
いかに言葉をつくそうと、頼朝が九郎の追捕の命を解くことはないだろう。
かといってこのまま熊野にいては、ヒノエに迷惑がかかる。
兄を慕う気持ちを振り切れず、平泉を鎌倉の脅威にさらした九郎は、今度は否を言わなかった。
言えなかった、が正しいか。

弁慶が示した案は、望美の世界に行くこと。
それに九郎は驚きを隠せなかったが、自身が平穏を乱す元凶になりうることはわかっており、しばしの間の後にわかったと頷いた。
その後は望美が白龍を呼び、弁慶と九郎を彼女の世界に連れて行くのは可能かを確認して、ヒノエが開いてくれた別れの宴を過ごして、部屋へ引き上げた。

ひとまずの不安が拭われ、ほっとした望美の元に訪れたのは、先程別れた弁慶。
入っても構わないかと問われ、頷き中へと招くと、真剣な表情の弁慶に抱き寄せられ――気づけば見上げていた。

「僕は君が好きです。もしも君が僕の想いに応えられないなら……どうかこの手を振り払ってください」

拘束と呼べない手は、望美が意図すればあっさりと外れるのだろう。
だから振り払うことなく私も好きですと頷けば、驚きに見開かれた琥珀が惑い揺れる。

「……本当にいいんですか?」

「あなたを迎えにもう一度この世界に降り立った時に、私の心はもう決まってたんです。
弁慶さん、あなたがいないと私は幸せになれないんです」

だからと、手を伸ばすとあっさりと外れた拘束に、その頬へ触れる。


「だから、弁慶さんの本当の気持ちを教えてください。弁慶さんも私のこと好きだって、そう思ってもいいんですか?」

元の世界へ戻るようにと、冷たく突き放された
あの日の光景がよみがえり顔を歪ませると、頬を柔らかく撫でられて。

「はい。僕は君が好きです」
重なった、少しカサついた唇の感触に、望美の胸に安堵が広がった。


②もう夜更けですよ。まだ起きていたんですか? いけない人ですね/迷宮END後

「もう夜更けですよ。まだ起きていたんですか? いけない人ですね」

「弁慶さん。だって、今日は流星群が見られるんですよ? せっかく明日は休みなんだから見たくて」

仕事を片付け寝室に行くも、姿のない妻に、もしやとベランダに足を向けた弁慶は、ため息をつきながら持っていたブランケットで包み込む。

「だいぶ暖かくはなりましたが、ずっと夜風に
当たっているのはあまり身体によくありませんよ? もう少し待って見えなければ、今日は諦めて眠ってください」

ええーと唇を尖らせる望美にくすりと笑んで、
視線を空へ移す。
昔、こうして見上げた時は天候をよむためで、
彼女のように星を楽しんだりしたことはなかった。
これも、望美といることで訪れた変化。

「こんなふうに穏やかに星空を眺める日が来る
なんて思いませんでした」
「弁慶さん?」
「この幸せをくれたのは望美さん、君です」

応龍を滅したあの日から歩んできた贖罪の日々。
京へその加護を再び取り戻せれば自分の命など
なくていい――そう思い、生きていたから、時空を越えた先でこのように穏やかに過ごす姿など予想できなかった。

「私だけじゃないですよ。弁慶さんが私を選んでくれたから、だから今一緒にいられるんです」

茶吉尼天を倒し、この世界の五行を正した時、
弁慶は仲間と同じように元の世界に戻ることを選ばずに、望美の傍にいることを望んだ。
黒龍の復活を阻止していた逆鱗が壊れて、応龍の復活が確実になったといっても、戦で乱れた世はすぐには落ち着くことはない。
応龍を滅し、また源氏に加担して戦を起こしていた弁慶に安寧を望むことなど許されはしないだろう。
けれども手を伸ばしてしまった。
優しい天女を幸せにしたいと願ってしまったから。

「ありがとう、望美さん」

自分を望んでくれて。
自分を許してくれて。
いくつもの想いを重ねて告げれば、正しくは理解していないだろう望美は、それでも弁慶に身を
寄せて。
そのぬくもりがどうしようもなく幸せで、ふと
見上げた視界に星がひとすじ流れていった。


③大丈夫。僕はどこにも行きませんから。さあ、おやすみなさい/無印END後新婚時期

「大丈夫。僕はどこにも行きませんから。さあ、おやすみなさい」

身体を包み込むぬくもりと、伝わる命の鼓動。
それらにああ、彼は生きているんだ――と実感して、嵐のように昂っていた感情が凪いでいく。 良かった。弁慶さんはここにいる。生きている。

髪を撫でる優しい手が眠りへと誘い、意識が次第に虚ろになる。
どれほどたった頃だろう、弁慶の胸元を握りしめたまま眠った望美の頬を撫で、そこに残る涙の後に胸を痛める。
八咫鏡を渡された時に、弁慶が消えるのを見たと泣きながら望美は告げた。
彼の死を見て、龍神の力を借りて時を遡ったと
いう彼女のおかげで、今自分はこうしてその傍にいた。

「一人で……行かないで……」
呟きと共にこぼれた涙の雫を優しく指先で拭うと、眦に唇を寄せて。

「行きませんよ。僕の居場所は君の隣りですから」
心からの想いを言の葉にのせて誓うと、彼の罪の証に口づけた。


④朝まででいいから、このまま腕の中に閉じ込めさせてください/本編中・裏切り前

どうしてこんな状況になったのだろう。
まったくわからず、抱き寄せられた望美は、黒衣に隠れた彼の顔を見ようと身じろいだ。

「朝まででいいから、このまま腕の中に閉じ込めさせてください」

切なげに乞う声音に、どうして? と問うこと
さえできない。
鼻腔をくすぐる薬草の香りは、いま彼女を抱きしめている人が弁慶その人である証で。
その事実がただただ不思議で仕方ない。

けれども、抱き寄せる腕は嫌ではない。
不思議と安心する。
だから望美は身じろぐのをやめると、素直にその身を任せた。
全く抵抗することなく、腕の中に大人しく抱かれている望美に、弁慶は今だけだと己に言い聞かせる。
自分が彼女を乞うことなど許されはしない。
光の中を歩く彼女と自分の道は交わることはないのだから。
それでも手を伸ばしてしまったのは、清廉なその光にどうしようもなく惹かれたから。
向けられた神子の慈悲に一時縋る。
明日にはこのぬくもりを手放さなくてはいけないのだから。


⑤あどけない君の寝顔を見られるのは僕だけ、ですよね?/添い寝CD・舟遊び後

「あどけない君の寝顔を見られるのは僕だけ、ですよね?」

そう言って微笑めば、赤らんだ顔に内心で苦笑をこぼしながら、弁慶は彼女の傍に横たわる。
ヒノエが望美を連れ出すのを見咎め、共についていった夜遊びの後、彼女を部屋に送り届けると、添い寝をしてほしいと信じられないお願いを
され、弁慶は甘言で気持ちをごまかしながらどうしたものかと思案する。

望美のことをどう思っているかと問われれば、
誰にも渡すつもりはないと、先程ヒノエの前で
告げた通り、神子ではなく一人の女性として慕っていた。
けれども弁慶が戸惑うのは、望美の気持ちがわからないから。
誰にでも優しい神子。
八葉に向けられる笑みは等しく同じ。
だからこそ、この状態はどういった思いから望んだのかがわからなかった。

普通の女性なら誘われてるのだと素直に受け止めただろう。
けれども無垢であどけない彼女は、下心なくこうしたことを求める事が出来る人だから、弁慶は
わざと言葉遊びで揺さぶって場を濁していた。

(本当に……穢れがないというのも罪作りなものですね……)

彼女の世界ではまだ成人したとみなされていないからなのか、年の割にどこか幼さが残る望美。
八葉に龍神までも惹きつけているというのに、
その想いに気づかず無垢に笑む様は、どうしようもなくこの胸を焦れさせていた。

(僕のものになってくれませんか、なんて告げても、君は驚くだけでしょうね)

恋などするつもりのなかった弁慶をも惹きつけ、抗えないほどこの胸にその存在を刻みつけたひと。
目をつむり、彼女の気配を探りながら、自分が
余計なことを考えてしまう前にどうか眠ってくださいと、そう心の中で願った。


⑥緊張してるんですか? ふふ、何もしませんよ。……今は、ね/添い寝CD・添い寝誘い後

「緊張してるんですか? ふふ、何もしませんよ。……今は、ね」
ガチガチに身を強張らせる望美に苦笑しながら、甘言を囁く弁慶に、顔を赤らめ動揺する。

(今は……って、別の時は違うの!?)

弁慶の言葉がぐるんぐるんと頭の中を回って、
とてもじゃないが眠れそうにない。
事の発端は弁慶のいつもの悪ふざけで、それに
望美が添い寝してと彼を誘った。
どうしてと問われれば、離れ難かったから、というのが理由だった。

『恋の戦なんて負けるわけにいかないでしょう?』

『僕も譲るつもりはありませんよ。君のことは
誰にも渡したくない』

ヒノエと牽制しあいながら、そう告げた弁慶に、実のところ望美はかなり驚いていた。
弁慶は望美のことを神子としてしか見ていないと、そう思っていたから。

望美はもうずいぶん前からただ一人――弁慶に
恋していた。
彼が好きで、生きていてほしくて、彼の願いを
叶えたいと、そう思い戦ってきた。
彼が一人で罪を背負い消えてしまうなら、一人でなんて背負わせない。
違う道を選んで彼に願いを叶えさせると、そう
決めて別の未来を模索し続けた先に見つけた、彼が仲間と笑いあって過ごせる日々。
ああ、これで彼が
自身を犠牲にして一人消えていくことはないんだとホッとしたら、最近ヒノエと舟遊びの時のような遣り取りが多くみられるようになった。
甘い言葉を囁くのが朱雀の二人。
そういう認識だったために、口説かれているなど露にも思わなかった。

(弁慶さん、本気なのかな?)

言葉のままに受け取るなら、彼は望美を好きなのだとそう思える遣り取り。
けれどもこんな状況でも触れるどころか手を繋ぐことさえせず、望美のように緊張することなく
眠ってしまっている姿を見ると、どうにもいつものようにからかわれたんだろうと思えて安心半分、恨めしさ半分だった。

(別に、いきなり押し倒されたいわけじゃない
けど……私だって、考えなしに添い寝してほしいなんて誘わないよ……)

本気ですか? と、望美の真意を問うた弁慶。
それに頷いた彼女を、どう思ったのだろう。

(もしかして呆れられた?)
 肌を見せるだけではしたないと、九郎によく
言われるぐらいだから、女性から誘うなどもってのほかなのかもしれない。

(……って、もしかして誘ったことになるの!?)

一足飛びに恋人になりたいと願ったわけではない。
だから、添い寝は具体的にこうされたいという要望があるわけではなかったから、ある意味ではこの状況は正しかった。
けれども望美とて年頃の女だ。
まったく無反応というのも正直切ないし、悔しい。

もやもやと不完全燃焼気味な想いに、無意識に
繰り返していた寝返りをやめると、弁慶を見る。
金髪と見まごうほど色素の薄い栗毛が、閉じられた瞼を覆う様はまるで彫刻のようで、誘われるように手を伸ばした。
瞬間、その手は捕らわれ、琥珀の瞳が咎めるように彼女を映した。

20170814
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