敦盛くんのひそかな悩み

敦望7

元の世界へ戻らず、熊野で敦盛と暮らし始めた望美。
幸福なはずのその生活の中で、敦盛はある悩みを抱えていた。
それは毎日の食事。

「敦盛さん? 食べないんですか?」
俯いたままの敦盛に、望美は心配そうに声をかけた。

「今日はご飯、ちゃんと作れたと思いますよ?」

元居た世界でも家事をしたことなどなく、この世界へ来た時も譲に任せ、全く料理をしていなかった望美と、貴族の子息だった敦盛は当初、全く家事が出来なかった。
そんな二人を心配したヒノエの計らいで、別当の邸にしばらく滞在させてもらっている間に必死に覚え、今では何とか食べられる程度の腕前にはなっていた。
しかし、敦盛が悩んでいるのは自分や望美の料理の腕前ではなかった。
それは――。

「やっぱり美味しくないんですよね。ごめんなさい」
全く箸をつけようとしない敦盛に、誤解した望美がしゅんとうなだれる。

「あ……違うんだ、神子。あなたの料理がまずいというわけではなくて……」

しどろもどろに言い訳する敦盛を、望美はゆっくりと待つ。
元々人と話すのが苦手な敦盛は、一つ一つ考えながら話すところがあり、望美は彼の言いたいことを落ち着いてしっかりと最後まで聞く癖がついていた。

「その……あなたを見ていられなくて……」
「私ですか? え? ご飯粒でもつけてますっ!?」
敦盛の言葉に、汚い食べ方でもしてるのかと、望美が慌てて口元に手をやる。

「い、いや……そうでなくて……」

顔を赤らめ、口ごもる敦盛に望美が首を傾げる。
敦盛が望美を直視できない理由――それは彼女の食べ方だった。
まだ八葉と神子として、皆と行動を共にしていた頃、珍しく皆が一同に介して食事をする機会があった。
一行に加わったばかりだった敦盛は、その時初めて望美の食す姿を見て顔を赤らめた。

軽く開かれた薄紅色の唇に、吸い込まれるように入っていく白米。
そんな他愛無いことが酷く淫靡で、敦盛は箸を落としかけた。
口の端についたご飯粒をぺろりと舐める舌の動きに、どくんと鼓動が早まる。
突然身体の奥底から沸き起こってきた情欲に、敦盛はひどく動揺した。
と、がたんと席を立つ音が敦盛を現実へ引き戻した。

敦盛と同様にかすかに顔を赤らめた仲間達が、食事を中途半端に切り上げ去っていく様に、敦盛も逃げるように彼らに続く。
そうして一人屋根の上へとあがった敦盛は、高鳴る鼓動と灯った熱にどうしようもなく躊躇ったのだった。
それは夫婦となってからも同様で、望美の食す姿をいまだ直視できずにいた。
しかし、自分の食べる様がそんなにも人を蠱惑するという事実を知らない望美は、敦盛の悩みに思い至るはずもなく。

「敦盛さん……私と二人で居るの、嫌ですか?」
全く違う意味に捉えた望美が、悲しげに顔を曇らす。

「ち、違うんだ、神子! あなたと二人で居ることが嫌なのではないんだ。
あなたと共に過ごせることは、私にとって比べるもののない至福なのだから……」

「だったらなぜですか?」

翡翠の瞳に見つめられ、敦盛がうっと口ごもる。
このまま答えないでいることは、望美の誤解を招き、彼女を悲しませることになってしまう。
敦盛は覚悟を決めると、ぼそぼそと理由を口にした。

「私があなたを見れないのは……あなたの姿に劣情を抱くからだ」
「え……?」
思いがけない答えに、望美がきょとんと敦盛を見つめる。
その視線に躊躇いながら、敦盛は必死に言葉を紡ぐ。

「だから……あなたを厭うているわけではないんだ。すまない」
「え? あの……謝らないで下さいっ」
頭を下げる敦盛に、望美が慌てる。

「嫌われてるんじゃないのなら良かったです。それと……」
食事のお膳を横に避けると、照れくさそうに敦盛の傍に寄る。
そうしてそっと敦盛の唇に、自分のそれを重ねた。

「み、神子……っ」
「敦盛さんが私にそういう気持ちを持ってくれること、嬉しいですよ。だから謝らないで下さい」

――私も敦盛さんに触れたいって、思ってるんですよ?
思いがけない言葉に、敦盛が驚き望美を見る。
そんな敦盛に、望美ははにかんだように微笑みながら、上目遣いに促す。

「だから、そんな想いを抱いた時はちゃんと伝えてくださいね?」
望美の言葉に顔を赤らめ頷きながら、食事の度に訪れるその時に一人悩む敦盛だった。
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