平家の神子

知盛8、熊野別当

「さて、と……じゃあ、改めて話を聞こうか」

身なりを整え現れたヒノエに、望美と将臣も姿勢を正し向き直ると、熊野に協力を願い出る。

「……話はわかった。ねえ望美、一つ聞いてもいいかい?」
「なに?」
「この戦、平家は勝つかい?」
「……必ず勝つよ」

そのために自分はここにいるのだから……そう決意を胸に頷くと、ヒノエはふうんと片眉をあげた。

「水辺の戦に長けた平家に熊野が手を貸せば、さらに優勢になるだろうね」

でも……と、望美が言葉を発する前に遮り話を続ける。

「龍神の神子は京の危機に喚ばれる存在。望美はその力を平家のために使うのかい?」
「怨霊は……封じるよ。五行を正さなければ、白龍も力を取り戻せないもの」
「でも今の平家にとって怨霊は大事な戦力だろ? それを封じてどうやって勝つつもりだい?」
「……戦が終わるまで封印はできねえな」
「ふうん……『平家の神子』は一門のために戦う力を持たない者たちを犠牲にするのか」
「ヒノエ……!」

挑発的な言葉にギュッと唇を噛むと、望美はまっすぐに紅の瞳を見返した。

「私はこの戦を終わらせたい。そのために……熊野に力を貸してほしいの」
「どうやって終わらせるんだい?」
「源氏と……和議を結ぶ」

ひゅうっと口笛を吹くと、試すように望美を覗きこむ。

「源氏は平家が安徳帝と共に持ち去った三種の神器を奪還するという大義名分がある。素直に応じるとは思えないね」
「頼朝が応じざるえないようにしたら?」
「へえ……勝算があるっていうんだ」

ヒノエの視線を、目をそらさずに受け止める。

「――烏の報告では、平家の方が不利とあるね」

ヒノエの言う通り、都を追われた平家に手を貸すものは少ない。
それでも……あの運命だけは変えてみせる、そう強い想いが望美にはある。

「――熊野は平家に加担しない。源氏にも手を貸さない。今まで通り中立を守るよ」
「そう……」

得られなかった協力に落胆しつつも、中立を確約できただけでも成果はあると自分に言い聞かせる。

「せっかくだから今日は本宮に泊まっていきなよ。熊野は旅人を歓迎するからね」

話の終わりを告げるヒノエに、望美たちも腰をあげた。

 * *

風に当たってくると将臣たちから離れた望美は、一人外に出た。

「風が気持ちいい……」

緊張していたからか、髪を揺らす風が心地よくそっと目を閉じた。

「お? お客さんかい」
「こんにちは」

突然顔を覗かせた男に挨拶すると、男は人懐こい笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

「熊野は本当に穏やかでいいところですね」
「熊野も昔からずっと凪いだ海みたいだったわけじゃないぜ。ちょっと昔は、この本宮と新宮が争っていたからね」
「新宮って熊野三山の一つですよね。それなのに本宮と争ってたんですか?」
「ま、争いなんて人が二人いれば起こるもんさ。熊野もいつまで戦から無関係でいられるかわからなねえしな」

ようやく平和になったというこの熊野を自分たちが戦に巻き込むかもしれないという事実に、望美は顔を曇らせた。

「お嬢さんが気に病むことはないさ。熊野の男は要領だけはいいからな。戦に参加するなら、それなりに旨みを見つけた時だろうさ」
「望美に変なこと吹き込んでるんじゃないだろうね」
「ヒノエくん」

不機嫌そうに現れたヒノエに、男がにやりと唇をつりあげた。

「なんだ、男の嫉妬は見苦しいぞ」
「人に面倒事押しつけて楽隠居気取ってるやつが何言ってるんだか……」
「さっきまで結界の補強にかりだしてたのはどこのどいつだ」
「ヒノエくんのお知り合い?」

気軽なやり取りに問うと、ヒノエが嫌そうに堪快を見る。

「俺の親父だよ」
「え? ええっ!?」

よくよく見れば、確かに面立ちの似た二人に望美が目を丸くした。

「俺はお嬢さんが気に入った。熊野に来たらいつでも寄ってくれよ」
「はい。ありがとうございます」

顎をしゃくりながら気さくに微笑む湛快に頭を下げると、望美は身を翻した。

「『平家の神子』はどうだった?」
「怨霊を封じる力を持ちながら清盛に肩入れしてるというからどんな神子かと思ったら、可愛らしいお嬢さんじゃねえか」

以前、弁慶と清盛の元に乗り込んだ時は、堪快はその姿を見てはいなかった。
わずかに足を引きずるのは、その時清盛に負わされた怪我のせい。
湛快は不自由な身体を理由に別当を退いたのだった。

「お嬢さんに力を貸してやるのか?」
「いや……熊野が動くにはもうひと押しないとね」
「そんなこと言って、お嬢さんが気になって仕方ないんだろ」
「だからしばらく頼んだぜ?」
「なんだ、また老体をこき使うつもりか」
「楽隠居するにはまだ早いだろ」

にやりと口の端をつりあげると、ヒノエは望美の後を追う。
源平の戦を見極めるために。

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