平家の神子

知盛6、八葉

1184年春――。
望美は将臣と共に、後白河法皇に会う京にやってきていた。

「ほぅ……還内府に平家の神子とは、これまた華やかな顔触れよの」
「今日は法皇様にお願いがあって参りました」
「願いとな?」

何食わぬ顔で聞き返す法皇だが、望美たちが何を望んでいるかなどすでにわかっているのだろう。 その狸ぶりに内心舌を出しつつ、将臣は和議の助力を願い出る。

「ふむ……余もそなたたち一門への仕打ちに心痛めておった。だが、はたして頼朝が受け入れるかの」
「和議の院宣をしてもらえればそれで十分ですよ。後は俺たちが動きます」
「ほお。さすがは還内府……苦境を覆す力は人並ならぬようだの」

将臣は清盛の長男である亡き重盛が生き返ったものと思われており、それゆえの皮肉に望美はムッと言い返そうとするが、隣りに座る将臣に止められた。 用件を済ますと、法皇の戯言に捕まる前にと早々に法住寺を後にした望美は、途中で買った饅頭を苛ただしげに頬張った。

「法皇だか何だか知らないけど、本当に頭にくるよね!」
「おいおい、食うかしゃべるかどっちかにしろよ」

苦笑しながら口の端についた餡を拭う将臣に、望美は唇をとがらせた。

「将臣くんは頭にこないの? あんな失礼な……」
「交渉ってのは冷静じゃなきゃやれねえだろ」
「そうだけど……」

納得しつつもやはり腹の虫はおさまらず、三個目の饅頭に手を伸ばした瞬間。

「兄さん? ……春日先輩!」

聞き覚えのある声に振り返ると、そこには眼鏡をかけた少年。

「譲くん!」
「譲……本当にお前か?」
「何言ってるんだよ。それより二人とも、どうしたんですか?」

三人それぞれの戸惑いは、互いの外見。 この時空で三年の月日を過ごしてきた望美と将臣に比べ、譲は学校で別れた時の姿とまるで変りなかった。

「……お前はここに来てどれぐらいだ?」
「どれぐらいって……大体三ヶ月ぐらいだと思う。兄さんたちは違うのか?」
「そっか……。やっぱりあそこで別れたのが悪かったんだな」
「どういうことだよ。説明してくれ」

眼鏡を直す譲に、場を移しかいつまんで説明する。

「三年半……なんだよそれ」
「俺たちだって驚いたさ。道理でお前は変わらないはずだ」
「……………」

将臣の言葉に、譲は戸惑いを隠せない。

「譲くんはずっと京にいたの?」
「はい。景時さんという人の邸でお世話になっているんです」
「景時さん……ってもしかして朔のお兄さん?」
「え? 先輩、朔を知ってるんですか?」

思いがけない話に、望美は詳しく譲の話を聞く。
突然この世界に放り出された譲は、宇治川で怨霊に襲われている朔と白龍を見つけた。
二人を助け、朔と共に京へとやってきた譲は、行くあてもないことからそのまま京邸に世話になっていたらしい。

「譲くん、私たちと一緒に来て」
「一緒にって……春日先輩は今どこにいるんですか?」
「これから説明する」

平家に連れていくことは危険だったが、このまま譲を一人源氏に置いておくこともまた危険。 そう判断した望美は、白龍も共に連れ出し、福原へ戻ることにした。 その途中、思わぬ人物と遭遇する。

「君たちは……」
「あんた……!」

将臣が敵意を剥き出したのは、目の前の黒衣を纏う男・弁慶が半年ほど前に清盛を襲撃したからだった。

「久しぶりですね。お元気でしたか?」

旧知の仲である相手に話しかけるような弁慶の雰囲気に、相変わらず読めない人だと望美は思う。

「ふふ、そう警戒しなくても何もしませんよ」
「あの……あの時一緒だった人は……」
「ああ、命は取り留めました。――残念ながら片足を失いましたが」

さらりと告げられた言葉に宿った一瞬の憎悪。
しかしそれはすぐに消え、柔和な笑みがその面を覆っていた。

「弁慶さんはどうして清盛を狙ったんですか?」
「君は僕が何者か知っているのでしょう? ならばその問いは愚問ですよ」
「――望美、行くぞ」
「待って。……弁慶さんは京を救いたいんですよね?」

望美の言葉に、弁慶が目を見開く。

「……どうしてそう思うんですか?」
「神子の勘……ってことにしといてください」

探るような視線を曖昧に微笑んで誤魔化すと、望美はまっすぐに弁慶を見つめた。

「私も怨霊に怯える世界を作る気はありません。だからもしも話してくれる気になったら教えてくださいね」

イエスともノーとも答えない弁慶に、望美は頭を下げるとその場を後にする。 一人取り残された弁慶は、望美がいた場所をじっと見つめ呟いた。

「……君はその可愛らしい仮面の下に何を隠しているのでしょうね?」

まるで占者の如く見抜いた娘。 龍神の神子とはそんなことまで出来るのかと、仲間である景時の妹・朔を思い浮かべる。

「いや、朔殿からそのような話を聞いたことはないな……」

それならば、白龍の神子にのみ授けられる力なのだろうか?
京に再び応龍の加護を――それは弁慶の切なる望み。
己の奢りが招いた災いは、罪のない町の人々を苦しめていた。
誓った贖罪。 それは何を犠牲にしても成し得なければならないこと。

「僕は知らなければならない。君のことを……」

再び取り戻すことができるのならば――。
目を伏せゆっくり顔を上げると、弁慶は五条の小屋へと足を向けた。

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