「先の雨乞いの儀で、後白河に神子を婚約者だと言ったそうだのう?」
楽しげな清盛の声に、知盛は杯を傾けながらさあ? と首を傾げる。
「神子殿も女盛りを過ぎた頃。いつまでも許嫁がおらぬというわけにはいくまい」
この時代、女子は十代中頃には結婚している者が多く、二十にもなろう娘が許嫁もいないというのはひどく珍しいことだった。
それに、龍神の神子が平家にいることは、その加護を平家が得ていると思わせることができる。
故に彼女を留め置こうとする清盛に、知盛はふんと鼻を鳴らした。
「神子殿のお相手ならば、重衝がよいかと……」
「重衝か……」
弟が望美に心惹かれていることを知盛は知っていた。それゆえの提案だったが、清盛はお気に召さないらしい。
「お主はどうじゃ? 神子の相手は不満か?」
「父上はあのじゃじゃ馬神子殿を俺に制しろと……? クッ……」
望美と……というより、自分が結婚する姿を想像する気がせず、知盛は戯言だと杯を傾けた。
「お前は重盛亡き今、一門を継ぐ長ぞ。存続を求むは当然ぞ」
重盛……それは知盛の腹違いの兄。
彼が生きていたなら、間違いなく清盛の後一門を背負い立つのは重盛だった。
「それにまかりなりにも後白河の目の前で宣言したのであろう? なれば重衝に譲ることも出来まい」
清盛の言葉に、場を凌ぐためとはいえ安易に婚約者と名乗り上げたことを内心で後悔した。
(面倒だ……)
愛や恋など知盛に興味はなかった。彼の興味を引くのはただ一つ……戦場。
(そういえば、神子殿が戦場に立つ姿はまだ見たことがなかったな……)
獣の瞳を持つ望美が、その輝きを発するのは戦場だと、初めて会った時にそう思った。
戦場に立つ望美を見てみたい……その欲求が頭をもたげる。
「武芸もよいが色恋も嗜んでこそ男ぞ。心しておけ」
「は……」
適当に返事を返しながら、いずれ見る機会が訪れるだろう、戦場に立つ望美に思いをはせた。
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