この時空に戻って二度目の夏。
望美は経正や重衝と共に、後白河法皇が催す雨乞いの儀を見学にきていた。
「あそこで舞を舞うんですよね?」
「ええ。院が召された白拍子達が、龍神へ舞を奉納するんです」
経正の答えに、望美は以前見た雨乞いの儀のことを思い出す。
「……もしも雨が降らなかったら、呼ばれた白拍子たちはどうなるのかな?」
「これだけ盛大に行われる儀式です。もしも失敗したならば、院はその責を問うでしょうね」
「重衝殿」
「そんな……」
舞で雨を呼ぶなど不可能。
それを強要した挙句に責を問うなど……と、望美が顔を曇らせる。
高らかな始まりを知らせる太鼓が響き、順に舞い始めた女たち。
一人、二人と舞うが、しかし空は相変わらずの晴天だった。
「ええい、ここにはろくでもない舞手しかおらぬのか」
「は、はいぃ……誰ぞ、誰ぞおらぬか?」
「……ふん、これだけ殿上人がそろっておって、舞手の一人も用意できぬか」
「ま、まったくでございますな」
「中納言よ。確かそなたら一門のところに、神子が舞い降りたと聞いたが」
「はて……」
「まこと龍神に選ばれた娘ならば、雨を呼ぶこともできよう。神子を連れてまいれ」
先日の宮中参内が仇となったのだろう、後白河院の要望に、知盛は内心舌打ちながら頭をたれた。
「あれ? どうしたの?」
後白河院の傍に控えているはずの知盛がこちらに歩いてくるのに、望美は首を傾げた。
「後白河院がお前の舞をご所望だ……」
「私が!?」
「兄上……」
「そりゃあ少しは教えてもらったけど…」
「自信がないと断るか? ……クッ」
知盛の言葉にカチンときた望美は、スクッと立ち上がると知盛を促す。
「舞ってもいいけど、これは貸しだよ」
「貸し……ね」
売り言葉に買い言葉。まさしくその状況で、望美は舞うことになった。
* *
後白河院に促され舞台に上ったが、大勢の観客にさすがに腰が引けてしまう。
(成り行きで舞うことになっちゃったけど……大丈夫かなぁ)
以前は白龍が願いを聞き届けてくれたが、滅んだ白龍が今復活しているかのかはわからない。
「どうした? 法皇様の前では足がすくんで舞えぬのか?」
嘲笑を浮かべる貴族たちに、望美は覚悟を決めると扇を開いた。
「綺麗……」
「ほほぅ……これはなかなか見事な舞だのぅ」
(普通、舞うだけで雨が降るわけないじゃない)
観衆が見惚れる中、はぁ……と内心でため息をついた瞬間、響いた声。
(……神子)
(――ん? 今のは……まさか)
(神子……)
「白龍……?」
内に響く声は聞き覚えのあるもので。
目を凝らすと、不思議な空間に望美を選んだ少年姿の白龍がいた。
「白龍! 新たに生じてたんだね!」
(神子、雨が降るのを望むの? それが神子の願い?)
「うん、そうだよ」
雨が降らねば、望美も他の白拍子も……知盛も責を問われるだろう。
(わかった……神子の願い、叶える)
白龍が目を閉じた瞬間、眩い光が放たれ。
「おお……! 雨だ! 雨が降ってきたぞっ!」
「あの舞手の舞が、龍神様に届いたんだっ!」
空から降り落ちる雨に、観衆が歓喜に沸いた。
「見事、見事! 龍神に舞を認められるとは、素晴らしい舞手よ。龍神の神子というのも偽りではないようだの」
「……恐れ入ります」
「この舞手、気に入ったぞ。中納言。余に譲ってくれぬか」
予想通りの後白河院の傲岸な申し出に、経正や重衝が顔を強張らせた瞬間、知盛がスッと前に出た。
「お待ちいただけますか。この者は将来を誓い合った私の許婚……たとえ後白河院の頼みでも、お譲りするわけには参りません」
「なんと! あの娘は中納言殿の許婚だったのか」
知盛の話に、周りの貴族がざわざわとざわめく。
「……この娘がそなたの許婚とな?」
「はい」
「い、い、い……」
「……? どうも変じゃのう」
後白河院に訝しがられ、望美は慌てて首を振った。
「照れているのでしょう……」
「ふうむ……中納言の許婚ならば致し方ないのぅ」
「法皇様、あのような娘より良い舞手などいくらでもおりましょう」
貴族に促されながらも、後白河院は残念そうに望美を見つめ去っていった。
「兄上……あのような場で神子様を許婚と呼ばれるなど、冗談が過ぎますよ」
「クッ……ならばあの場で神子殿が院に召されるのを黙ってみていたほうが良かったか?」
「……重衝殿、この場は知盛殿の機転に感謝すべきでしょう」
そういう経正の顔にも不満が滲んでおり、内心では今回のことをよくは思っていないことが見て取れた。
「そう怒る事もないだろう? ただの方便なのだからな」
「そ、そうそう、そうだよ!」
「そうでもなければ、このようなじゃじゃ馬を許婚にしようなどという男はいないだろう……?」
「ちょっ……じゃじゃ馬って何よ!」
知盛の言葉に望美は頬を膨らませるとそっぽを向く。
「なんだ? 構ってほしいのか?」
「そんなわけないでしょ! ほら、まだ仕事中でしょ。いってらっしゃい!」
「クッ……」
肩を揺らしながら去っていく知盛に、望美は火照った頬に手を寄せる。
偽りの許婚。
そう、あれはただの方便。
なのに知盛に抱かれた肩が熱くて、望美は一人その感情を持て余していた。
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