平家の神子

知盛12、エピローグ

「あ、将臣くん、知盛、おかえりなさい」
「つっかれた~。譲、お茶くれ」
「それぐらい自分で淹れればいいだろ。まったく……」

ぶつぶつと言いながらもお茶を淹れに立った譲に、将臣は望美を見た。

「これからどうするんだ?」
「どうするって?」
「和議も成って、都への帰還も許された。茶吉尼天も倒したし、しばらく頼朝が動くことはないだろう」
「そう、だね。知盛も重衝さんも、元のように参内を許されたんだよね」
「俺は別に今のままでもよかったのだがな……」
「何言ってんだよ。働かざるもの、食うべからずって言うだろうが」
「ふん……」

和議の場を混乱させたことで頼朝は後白河法皇から叱責を受け、晴れて平家は都への帰還を許された。
平家の滅亡を防ぐ、そのために時空を超えた望美。 それがかなった今、望美をこの世界に縛り付けるものはなかった。

(知盛は……どう思ってるのかな)

戦の中に生きがいを見い出していた知盛。 戦がなくなった今、彼が以前言っていた怠惰な生活に戻ることになるのだろう。 そうして――。

「……………っ」
「望美?」
「な、なんでもない。ちょっと外に行ってくるね」

脳裏をよぎった考えを振り払うように立ち上がると、驚く将臣と知盛をその場に残して部屋を出た。

「本当に……終わったんだ」

炎に包まれ、全てを失った最初の運命を覆したくて奔走した日々。 倶利伽羅峠、都落ち、数多の戦い……失われゆく命を嘆きながら、それでも己の願いを叶えたくて必死にあがいた。
怨霊は茶吉尼天に喰われ、敦盛や経正もまた、五行の流れへと還っていった。
清盛が縛り付けていた黒龍も解放され新たに生じ、白龍と共に応龍となって京を守護している。 もう、神子の力を必要とされることはなかった。

「帰らなきゃ、ね」

やるべきことはやった。
だから……。
そっと瞳を伏せると、背後から声が響く。

「帰るのか……?」
「……帰るよ」

短い応答にチッと舌打つ気配がして。
ぐいっと腕を引き寄せられた。

「帰るな、と言っている。ここにいろ」
「それは……残って欲しいってこと?」

問い返すも、それ以上はもう言わないと口をつぐむ知盛。
それでもその手が腕を離すことはなく、望美はじっと知盛を見上げた。

「ねえ、知盛。いずれあなたは家のために妻を娶るでしょ?」

清盛の息子の中で、重盛の次に期待されていた知盛。 これからの平家を担っていく知盛は当然、家のためになる姫と結婚することを望まれるだろう。

「……何を言っている」
「何って……結こ……」
「俺の許嫁はお前……だろ」
「……私でいいの?」
「お前以上に面白い女などいないだろうからな……」
「面白いって……!」

にやりと笑む知盛に頬を膨らませると、頤を掴まれ視線が絡み合う。

「それで……答えはどうなんだ?」
「え?」
「俺は求愛をしているんだが……?」
「イエス以外、聞く気ないんでしょ」
「当然だ」

不敵に微笑む知盛に、望美はそっと目を伏せ了承の代わりにその唇を受け止めた。

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