平家の神子

知盛11、波乱

「――では、連署した書の通り、今後その方ら一門は恨みを水に流し、互いに一門の武力を使うことがないように」
「……よかろう。源氏の――いや、源頼朝、我は約条を守る」
「こちらも異存はない」

京・神泉苑に顔をそろえた平家棟梁清盛、源氏棟梁頼朝に、後白河法皇は書状を手に頷くと清盛へ向き直った。

「和議はなった。清盛、三種の神器の返納を……うむ? 剣と鏡だけではないか。八尺瓊勾玉はどうした?」
「後白河、勾玉はすでに失われてない」
「なんと……! 神器の一つを失ったと……!」
「なれど、我は勾玉よりも強い力を手にしたぞ」
「神子……あれは……!」
「和議はよかろう。だが……頼朝、貴様だけは討つ!」

白龍が指差す先にあるのは、彼の片割れである黒龍の逆鱗。
清盛の手にした逆鱗が輝き、今まさに頼朝を討たんとした――その時。

「そうはいきませんわ」
「うおぉぉぉっ!」
「女狐が本性を現したか……」

突如空間を裂いて現れた政子に、知盛は刀を抜くと清盛の前へと進み出た。
――ブンッ!!
躊躇いなく知盛がその刀を振るった瞬間――全てが動きを止めた。

「ふふふふ、刀など私には通じませんわ」
「知盛!? みんな!」
「あら……私の術の中で……なぜ動けるのかしら?」
「――っ!」

一人自由に動ける望美ににやりと政子が微笑むと、時空の歪みが元に戻る。

「今の……!」
「不可思議な術を……」

何故かその身を避けた刀に、知盛は再び構えながら政子を見据えた。

「人の子の身で私にはかないませんわ。でも……そちらのお嬢さんは違うようね」
「…………!」
「先輩、下がってください」
「神子殿に害を加えるのは、たとえ頼朝殿の奥方であっても許しませんよ」
「譲くん、重衝さん!」
「あらあら、人気者ですこと。ふふ、妬けてしまいますわ」

望美の前に庇い立つ八葉や重衝たちに、政子はくすくすと笑みを漏らすと陰気が辺りに漂った。

「――っ! これは……?」
「………強い陰気……なぜ、政子殿から……」
「鎌倉殿の妨げとなる者たちは、私がすべて排除します」
「な、なんだ? 政子さんの身体から何かが……」
「茶吉尼天……これが、頼朝を加護している神か……」
「神だろうが……斬るだけだ」
「ふふ、私にかなうと思って?」

身構える知盛に、政子の姿が茶吉尼天へと変わる。

「く……っ」

ゴオ……ッと吹き荒れる陰気。
それに抗い、必死に刀を振るおうとするが……。

「ぐっ……!」
「うっ……!」

渦巻く陰気が刃となって、望美たちに襲いかかる。

「このっ! 女狐めが、小賢しいわ!」
「グッ……アアアアアアアァ! はぁ……人のこの身で、私に深手を負わせるなど……その対価、己が魂で支払ってもらいますわ!」
「ぐっ、うああああぁぁ!」
「ひぃいいっ! 清盛様が化け物に飲まれたー!」

逆鱗の攻撃に憤怒した茶吉尼天に、清盛が喰らわれる。

「怨霊を喰らい手に入れた力……見せてあげましょう」
「ぐ……っ!」
「ひぃい……っ」

茶吉尼天の髪がうねり、辺りの気が歪み始めると、神泉苑に集まっていた源平の武者が一斉に苦しみだした。

「神子……この気は危険。人を害し、失わせる」
「わかってる。政子さんを……茶吉尼天を倒すよ!」
「望美。茶吉尼天の属性は土だよ」
「ヒノエくん! それなら……将臣くん、敦盛さん!」
「八葉の一人として力をつくす」
「じゃ、力借りるぜ。静林旋!」

敦盛の水気を受けて、将臣が強力な木の術を茶吉尼天に見舞う。

「…………っ、たかが人間が……」
「ほら……よそ見をしている暇はないぜ? 痛みに酔え……紅蓮光斬」
「グッ……アアアアアアアァ!」

望美を抱き寄せ、術を放つ知盛に、茶吉尼天が苦痛の悲鳴を上げた。

「一気にたたみかけるぞ!」
「グゥ……あれを得れば……」

清盛のいた場所を見た茶吉尼天の目の前で割れる、黒い鱗。

「ああ、すみません。薙刀が当たってしまいましたか」
「……弁慶~……っ!!」
涼しい顔で黒龍の逆鱗を砕いた弁慶に、茶吉尼天が怒りをあらわにした瞬間、天に駆け上がっていく黒い龍。 それに呼応するように、白龍が人から龍へと変化して、一対の龍が空に立つ。

「知盛!」

望美の呼びかけにその肩を抱き寄せると、術を放ち茶吉尼天を討つ。

「私は絶対に負けない!」
「おのれ……おのれえぇ……っ!」

茶吉尼天の剣の動きを見切り、振るう剣。
ザン――ッ!

「アアアアアアアアアァッ!!」

望美の剣が、知盛の刀が、茶吉尼天を切り裂いた。

「そんな……私が負けるなんて……」
「――政子……」
「あなた……ごめんなさい…」

消えた茶吉尼天に、最後の戦いは幕を下ろした。

→次の話を読む
Index menu