平家の神子

知盛1、気になる女

渡殿を歩いていた知盛は、不意に気配を殺すと柱に身をひそめて庭を覗いた。
そこにいるのは、父・清盛が連れてきた客人の一人である望美。
彼女は一心に剣を振るい続けていた。

(今日も鍛錬か……生真面目なことだ……)

毎日欠かさずに剣の鍛錬を続けているという望美。
初めて会った時から、知盛はこの風変わりな少女に興味を抱いていた。
宮中の雅やかな女と違い、御簾の奥に隠れることなく、臆せずに相手の目を見て話し、笑う。 幾重もの衣で身を飾ることを嫌い、ここにやってきた時の奇妙な衣をずっと纏っていた。
しかし、知盛の興味を引いたのは望美の剣の腕前。
幼馴染の将臣と違い、明らかに剣を知っていた。
それも手習いの剣ではなく、命のやり取りをする実戦の剣。

(あれは戦場を知る者の瞳だ……)

瞳に宿る強い光。
それは戦場の非情と痛みを知るもので、知盛を高揚させた。
悟られぬように庭へ下りると、そっと近寄り剣を抜く。
背後から躊躇なく振り下ろした瞬間、キンッと鋭い金属音が辺りに響き渡った。

「っ……知盛!?」

攻撃を咄嗟に防いだ望美が、驚き知盛を見る。
それににやりと笑むと、続けて斬撃を見舞う。

「……くっ!」

眉をひそめながらそれでも応戦する望美に、何度か切り結ぶと構えを解いた。
知盛の殺気が消えたのを悟ったのだろう、望美も剣を下ろすとキリリと眉をつりあげた。

「いきなり何するのよ!」
「鍛錬をしていたのだろう……? 付き合ってやったまでだ」
「本気で斬り込んできたくせに、何が鍛錬よ!」

怒る望美に、知盛は喉の奥でクックと笑った。
知盛の剣を受けられる者など、この平家の中でもごくわずかしかいないというのに、殺気に敏感に反応し、応戦してみせた。 そんな女は望美以外、どこを探してもいないだろう。

「お前は……面白い女だな」

「あんたは本当に失礼なやつよね」

ふんっと顔を背けると、剣を収めて邸の中へと戻っていく。
ふわりと舞う、紫苑の髪。
それを掴むと、望美が顔をしかめて振り返った。

「何するのよ。離して」
「……いい女だ……」

見目麗しいというほどの相貌ではないというのに、瞳に宿る力が彼女を美しく彩る。
髪を離して頤を掴むと、年頃の少女らしく頬が赤らんだ。

「ちょっ……耳元で話すのはやめてよね!」
「男と女が語らうのに、距離は不要だろう……?」
「あんたと私には必要っ!」

手を払いのけると、剣を前に突きつけ舌を出す。
その幼い様に肩を揺らすと、怒りを増した望美が足音荒く去っていった。

「本当に面白い女だ……」

剣を受け止め、応戦してみせたかと思えば、生娘のような初心な反応を返す。
そのアンバランスさが、知盛に興味を抱かせた。

「もっと見せてみろ……お前を」

望美の内に秘められたものを暴いてみたい。
そんな誘惑に知盛は一人微笑むのだった。

→次の話を読む
Index menu