「あっちぃ~……」
「お帰りなさいませ、還内府殿」
「おう。ちょっと湯屋行ってくる」
「あ! お、お待ちください……っ、湯屋は今、神子様が……っ」
慌てた武士の言葉は、しかし足早に立ち去った将臣の耳には入らなかった。
「うわっ、べっとりだな」
汗で張り付いた衣を剥ぎ取るように脱ぐと、湯屋の扉を開く。
――と。
「え? 将臣くんっ!?」
そこにいたのは、裸の望美。
一瞬の間、望美の叫び声が響き渡った。
「きゃあああ! バカ! 早く出てってー!」
「うわっ、ばっ……水かけるなって!」
驚きのあまり立ち去るのが遅れた将臣は、桶で水をかけられ慌てて外に出る。
よくよく辺りを見渡せば、隅にきちんと替えの女物の着物が置いてあった。
「将臣くんのエッチ! バカ!」
「悪かったって。お前が入ってるって知らなかったんだよ」
「信じられない!」
扉越しに謝るも、全く信じていない返事にさすがの将臣もムッとした。
確かに望美が入っているところに乱入した将臣が悪い。
しかし覗くつもりではなく、あくまで不可抗力だったのだ。
「……そうかよ。だったらもう一度見てもかわらねえな?」
「え?」
扉に手をかけ、開けるふりをすると、途端に湯屋から焦った声。
「や、やだ。ダメだからね!」
「汗べったりで気持ち悪いんだよなぁ」
「すぐ出るから待って!」
「もう脱いじまったから嫌だ」
けんもほろろに言い返せば、矢継ぎ早の返事がなくなった。
「……目、つむって」
「は?」
「いいから! 目、つむってて!」
望美の物言いに押されて思わず目を瞑ると、ガタガタと音がして、冷たい掌が背に触れた。
ドスン! 背中を押され、転がるように湯屋に入った瞬間に閉められた戸。
先程までと入れ替わった状況に、将臣はクックと肩を揺らした。
「一緒に入らないのか?」
「当たり前でしょ!」
「昔はよく入ったじゃねえか」
「あれは小さい頃! い、今は無理っ!」
真っ赤になっているだろう姿が容易に思い浮かんで笑うと、慌しい衣づれの後にどすどすと荒く去っていく足音。
静かになった湯屋で、将臣は額に手を置くと天を仰いだ。
「……冗談にでもしねえとやってられねえだろうが」
先程目にした姿は、将臣の記憶の中の少女とは明らかに違う、丸みを帯びた女の姿で。
軽く首を振ると、火照りを冷ますように水を浴びた。
→次の話を読む