平家の神子

将臣3、前夜

和議を明日に控えた前夜……将臣は一人月を見上げていた。
後白河院に働きかけ、ようやくかなった両家の和議。 清盛は最後まで渋ったが、それでも一門の生き残る道をと、望美との必死の説得に、ようやく首を縦に振った。 ただ一つ、不安があるとすれば――。

「将臣くん?」

呼びかけに、知らず眉間に寄せていた力を抜く。

「どうしたの? 何か気になることでもあるの?」
「……明日の和議の使者は、確か北条政子だったな?」
「うん、そうだよ」

平家が盛り返してきているとはいえ、まだまだ戦況は互角。 それなのにわざわざ敵陣であるここ福原へ、頼朝の正室である政子がやってくる意図がわからなかった。

「一ノ谷の防備を固めるぞ」
「将臣くん?」
「ここは一ノ谷だろう? 俺の知る通りなら……平家が負ける」

歴史通りならこの和議は見せかけで成立せず、奇襲を受けた平家は屋島へ敗退することになるのだ。

「明日の政子さんとの謁見、私も一緒に行っていい?」
「お前が?」
「うん」

頼朝が名代をたてたように、将臣も清盛の名代・還内府重盛として立ちあうつもりだった。

「前と同じなら、和議は油断させるための作戦で成らない」

先の時空では、結局戦は続いてしまった。 それを実現させるには……。

「北条政子を人質に取る、だって? 本気かよ?」
「本気だよ。このままじゃ和議はならない。政子さんを止めて、頼朝を和議の席に引っ張り出す」

源氏が和議を逆手に攻めてくるのなら、それを阻止すればいい。
そのために必要なのは、頼朝の意志を変えることのできる手駒だった。

「……まったく、お前も無茶なこと考えるよな」
「ごめんね」

謝りながらも悪いとは思っていない望美に、苦笑しながらくしゃりと紫苑の髪を撫でる。

「絶対成し遂げるぞ」
「うん」

頷くと、視線を月に移す。
運命の時は間近に迫っていた。

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