和議を明日に控えた前夜……将臣は一人月を見上げていた。
後白河院に働きかけ、ようやくかなった両家の和議。
清盛は最後まで渋ったが、それでも一門の生き残る道をと、望美との必死の説得に、ようやく首を縦に振った。
ただ一つ、不安があるとすれば――。
「将臣くん?」
呼びかけに、知らず眉間に寄せていた力を抜く。
「どうしたの? 何か気になることでもあるの?」
「……明日の和議の使者は、確か北条政子だったな?」
「うん、そうだよ」
平家が盛り返してきているとはいえ、まだまだ戦況は互角。
それなのにわざわざ敵陣であるここ福原へ、頼朝の正室である政子がやってくる意図がわからなかった。
「一ノ谷の防備を固めるぞ」
「将臣くん?」
「ここは一ノ谷だろう? 俺の知る通りなら……平家が負ける」
歴史通りならこの和議は見せかけで成立せず、奇襲を受けた平家は屋島へ敗退することになるのだ。
「明日の政子さんとの謁見、私も一緒に行っていい?」
「お前が?」
「うん」
頼朝が名代をたてたように、将臣も清盛の名代・還内府重盛として立ちあうつもりだった。
「前と同じなら、和議は油断させるための作戦で成らない」
先の時空では、結局戦は続いてしまった。
それを実現させるには……。
「北条政子を人質に取る、だって? 本気かよ?」
「本気だよ。このままじゃ和議はならない。政子さんを止めて、頼朝を和議の席に引っ張り出す」
源氏が和議を逆手に攻めてくるのなら、それを阻止すればいい。
そのために必要なのは、頼朝の意志を変えることのできる手駒だった。
「……まったく、お前も無茶なこと考えるよな」
「ごめんね」
謝りながらも悪いとは思っていない望美に、苦笑しながらくしゃりと紫苑の髪を撫でる。
「絶対成し遂げるぞ」
「うん」
頷くと、視線を月に移す。
運命の時は間近に迫っていた。
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