「食料は積んだか?」
「おーい、これ忘れてるぞ!」
港に響く水軍衆の活気ある声に、望美が微笑む。
「望美、準備できたか?」
「うん!」
和議の後、望美たちは京を離れて南の島に行くことを決めた。
一応和議が成ったとはいえ、両家の禍根が簡単に消えることはない。
いつまた起こるか分からない戦に怯えるよりも平穏な暮らしを選んだのだ。
「還内府殿、神子殿、早う来てくれ」
「帝、もう還内府殿ではないと申したでしょう」
「そうだった。ごめんなさい、将臣殿」
「謝ることねぇよ」
無邪気にはしゃぐ安徳帝の姿に、あの日海に消えた幼き命の悲しい影はもうない。
「将臣殿、神子殿……あなた方への感謝は申し上げようもございません。あなた方がいなければ、皆が落ちのびることなどかないませんでした」
「礼なんていいですよ。自分のためにやったことでもあるんです」
な? と笑う将臣に、望美も笑って頷く。
平家を滅亡の運命から救う……そう決め、戦ってきたのは将臣と望美の意志だった。
「将臣殿、南の島というのはどのような場所なのだ?」
「さあな。俺もまだ見たことねえからな。だが、戦はない。それで十分だろ」
「戦がないのか。それは僥倖だ」
逃げることも、戦い血を流すこともない。
そのことが何より嬉しくて笑みがあふれる。
「兄さん、先輩、ここにいたんですね」
「おう。見送りに来てくれたか」
「二人は……本気で帰らないつもりなんですか? 元の世界へ……」
譲の問いに、望美は微笑み頷いた。
帰りたいと願ったこともある。
けれど今は……平家と共にいることを望むから。
「うん。私は彼らと――平家のみんなと行く」
「お前も一緒に来るか? きっと楽園だぜ、南の島ってのは」
「俺は帰るよ。これ以上兄さんにつきあいきれるか」
「……父さんと母さんを頼んだぜ」
「ああ」
譲が元の世界に戻った時、将臣と望美の存在はあの世界から消える。
それがこの世界を選んだ代償だった。
それでも、将臣はこの世界を選んだことを後悔しない。
何より隣りには、大切な少女がいるのだから。
「譲――元気でな」
別れの言葉に、望美の瞳に涙が浮かぶ。
もう二度と会うことはない大切な幼馴染である譲。
その別れが、望美の頬を濡らす。
「二人とも、出航の準備が済んだぜ」
「おう」
「熊野別当自ら送ってやるんだ。感謝しなよ」
「ああ。サンキュ!」
場の空気を明るくするようなヒノエの軽口に、将臣は笑顔で礼を述べると、ぽんっと望美の頭を撫でる。
「先輩、身体には気を付けてくださいね」
「……うんっ……さようなら……っ」
優しく微笑む譲に別れを告げると、新たな土地へと旅立った。
* *
「ねえ、将臣くん。南の島ってどんなだろうね」
「不安か?」
「平気。将臣くんがいるから」
笑い迷いなく答える望美に、将臣は表情を正すとまっすぐ見返した。
「なあ、望美。なんでこっちに残ることを選んだ?」
「え? それは、みんなと離れたくなくて」
「俺がいなくてもか?」
「将臣くん?」
将臣の問いの意を解せず首を傾げる望美。
その手を引いて抱き寄せる。
「好きだぜ」
「……………え?」
「おいおい、なんだよ、その反応は」
「だ、だって、急に将臣くんがそんなこと言うから……」
「で? 返事は?」
しっかりと抱きかかえられて逃げ出すことも出来ず、望美は困ったように見上げた。
「……唐突すぎるよ」
「悪い。これでも一応待ってはいたんだぜ? すべてが終わるまで、な」
この世界に来る以前から抱いていた想い。
幼馴染から変化したその想いは、共に過ごす中でより大きくなっていた。
将臣にとって望美は誰よりも大切で……かけがえのない存在だった。
「まあ、いいさ」
「将臣くん?」
「これからいくらでも一緒にいられるんだからな」
まだ将臣に抱く想いが同じでないのなら待ってもいい。それぐらいの余裕は持ち合わせているから。
「……でもこれぐらいはいいだろ」
そっと顔を傾けると、驚き見上げる望美の唇に重ね合わせた。
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