「望美殿、聞いてもいいか?」
平家一門とやってきた南の島。
そこに住み始めて数年、料理が苦手だった望美も人並みの腕になり、今も厨で料理をしていた手を休めると、惟盛の子・六代と言仁に向き直った。
「なに?」
「望美殿と将臣殿は夫婦なのだろう?」
「め、夫婦っ!?」
「と、言仁様……突然そのようなことを言われては望美殿も困ると思います」
「そうなのか? だが、この島にくる船の上で口づけをしてたぞ?」
「…………!」
「と、言仁様…っ」
「だから、様はつけるなと言ってるだろう」
望美と同じく顔を赤らめる六代に、言仁は不満そうに唇を尖らす。
「いいにおいだな。今日はなんだ?」
「ま、将臣くんっ!」
「将臣殿」
「お、おかえりなさい」
今日の収穫をどっさりと抱え現れた将臣に動揺する望美の後ろで、二人の少年はそれぞれ労いの言葉をかける。
「お? けんちん汁か。うまそうだな」
「つまみ食いはだめだぞ。これはみんなの昼餉なのだからな」
「わかったわかった。他の連中も引き上げてきたから、声かけてくれるか?」
「わかった。六代、行こう」
「はい」
言仁に従い駆けていった六代を見送ると、傍らで黙ったままの望美を覗きこんだ。
「あいつらに何か言われたのか?」
「え!? どうしてわかったの?」
「お前は顔に出すぎるんだよ」
将臣の言葉に、自分でも顔が火照っていることを自覚していた望美は言い返すこともできずに俯く。
「で? 何を言われたんだ?」
「べ、別に、なんでもないよ」
「なんだよ。俺に言えないことなのか?」
不思議そうに見つめる将臣に困っていると、ざわざわと賑やかな人の気配が近づいてきて。
「あ、みんな来たみたい! 私、昼餉の支度に戻るね!」
「お、おい」
逃げるように身を翻した望美に、将臣はわけがわからず頭を掻く。
「なあ、言仁。お前、望美に何言ったんだ?」
「あ……」
「将臣殿と夫婦なのか聞いただけだぞ」
言仁の言葉にようやく望美の態度の謎が晴れる。
「将臣殿と望美殿は夫婦ではないのか?」
「と、言仁さ……言仁くん」
「夫婦じゃねえな」
「そうなのか? ではなぜ一緒に暮らしてるのだ?」
「昼餉が出来たみたいだぜ。いくぞ」
二人の少年をさらりとあしらいながら、将臣はふっと望美を見る。
(なぜ……か)
望美と共にこの異世界にやってきて、平家と共に過ごすようになって数年。
和議を結び、平家を滅亡の運命から救った二人は、この南の島へと移住してきた。
都落ちで各地を転々とした生活をしていたおかげか、この新しい環境にも一門はさほど戸惑うことなく順応していた。
田畑を耕し、ヤギや鶏を育て暮らす。
そんな穏やかな日々に包まれていた。
昔のように大きな邸で皆が一緒に暮らすのではなく、それぞれが家を持ち別に暮らす。
それはこの世界に来る前の将臣達の世界と同じ。
そんな中で将臣は自然と望美と共に暮らしていた。
けれど――。
「そろそろはっきりさせるか」
想いは船の上で伝えた。
けれどこれからも共にいるのならば、新たに形にする必要があるのかもしれない。
そんなことを一人考えながら、将臣は昼餉の席に着いた。
* *
「望美」
夕餉の片付けもすんで、ようやく落ち着いたところで声をかけると、昼間の動揺は収まったらしい望美がなに? と近寄る。
「結婚しようぜ」
「…………え?」
あまりにも唐突なプロポーズに、理解が追いつかないらしい望美がきょとんと将臣を見つめた。
「なんだ、嫌なのか?」
「そ、そうじゃなくて……これってプロポーズ、だよね?」
「そうだな」
将臣のあっさりとした態度に、望美の眉がきりりとつりあがる。
「そうだなじゃないよ! 将臣くん、本当にプロポーズする気あるの!?」
「今してるだろ」
「全然気持ちがこもってない!」
将臣の心の流れなど知らない望美は、あまりにも唐突であっさりとしたプロポーズが気に入らず頬を膨らます。
望美とて女の子。
結婚に夢がないわけではなかった。
「将臣くんのバカッ! 一生に一度しかないのに……!」
「何怒ってるんだよ。俺と結婚するのは嫌なのか?」
「そうじゃない! こんな大事なこと、どうしていつもと同じ調子で話すのよ!」
「なんだよ。だめなのか?」
女心に疎い将臣は、望美がそれほどまで怒ることが理解できずに頭を掻く。
「……言仁くんに言われたから?」
「望美?」
「そんなんでプロポーズしてくれても全然嬉しくないよ!」
「おい!」
高ぶった感情に外へと駆けだした望美を、慌てて将臣が追って行く。
「待てって。……ったく、相変わらず気が短いよな」
「……」
顔をそむけ合わせようとしない望美に苦笑すると、とある件を指摘する。
「この島に来る時に好きだって言っただろ。それの返事、お前保留にしたままなの忘れてねえか?」
「…………あ」
そもそも気持ちは伝えてあったにもかかわらず進展がなかったのは、望美が将臣に対する想いをはっきり示さなかったからでもあった。
それを思い出してばつが悪そうに上目遣いする望美に苦笑すると、その目を見て改めて乞う。
「……望美。俺と結婚してくれ。お前を愛してる」
「……うん。私も、将臣くんが好きだよ」
ようやく受け入れられたプロポーズにホッと肩をおろすと望美に問う。
「それにしても、お前いつ気づいたんだ?」
ここに来る前、船で想いを告げた時は、まだ望美の想いが定まっていなかったから、将臣は告白の返事を求めなかった。
けれども今、望美は将臣がいい加減な気持ちで求めるプロポーズに怒っていた。それは、あの時不明瞭だったものが確かになったからだった。
「いつって?」
「俺のことが好きってことだよ」
「う~ん……結構前じゃないかな」
あっさりとした回答にがくりと肩が落ちたのは当然だった。
夫婦同然の生活を送っていたとはいえ、関係性と言えば幼馴染そのままだったのだから。
「だったら教えてもらうぜ?」
「将臣くん?」
ずっと共にいた幼馴染の少女のことは誰よりもわかっている。
無自覚だと思われていた想いが確かなものだと確かめる時間は十分にある。
何よりこれから先もずっと共に在るのだからと、首を傾げる望美を抱き寄せて、もう一度口づけを落とした。