平家の神子

将臣4、本当の和議

「……仕方ありませんわ。九郎、戻りますわよ。平家と和議を結ぶと、頼朝殿へお伝えしなくては」
「政子様!?」
「九郎」
「くっ……わかりました」

師と敵対した現状と、政子を人質に取られた己の油断に、九郎はぎりっと唇をかみしめ頷いた。

 * *

後日、後白河院立ちあいのもと、京の神泉苑にて平家と源氏の和議が取り行われた。 清盛は最後まで渋っていたが、将臣や敦盛・望美の説得に折れ、なぜか頼朝も素直に鎌倉から出てきた。

「――では、連署した書の通り、今後その方ら一門は恨みを水に流し、互いに一門の武力を使うことがないように」
「……よかろう。源氏の――いや、源頼朝、我は約条を守る」
「こちらも異存はない」
「和議はなった。清盛、三種の神器の返納を……うむ? 剣と鏡だけではないか。八尺瓊勾玉はどうした?」

三種の神器の返還を求めた後白河院が問うと、清盛はにやりと微笑んだ。

「後白河、勾玉はすでに失われてない。なれど、我は勾玉よりも強い力を手にしたぞ」
「神子……あれは……」
「和議はよかろう。だが……頼朝、貴様だけは討つ!」

清盛の手にした黒龍の逆鱗に、和議の場が騒然となる。 ――と。

「そうはいきませんわ」
「うおぉぉぉっ!」

突然現れた政子の攻撃に、清盛は苦痛の声をあげた。

「このっ! 女狐めが、小賢しいわ!」
「グッ……アアアアアアアァ! はぁ……人のこの身で、私に深手を負わせるなど……その対価、己が魂で支払ってもらいますわ!」
「ぐっ、うああああぁぁ!」
「ひぃいいっ! 清盛様が化け物に飲まれたー!」

清盛がかざした逆鱗の攻撃に憤怒した政子は姿を変え、悪鬼の形相で清盛を喰らった。

「清盛……!」
「頼朝殿の邪魔をするものは、私が許しませんわ。消えておしまいなさい」
「でやぁああっ!」
「はっ!」

将臣と望美が剣で斬りかかるが、茶吉尼天に変わった政子の姿は瞬時に消え、剣戟が空を切る。

「あらあら……ふふふ」
「く……っ」
「うわっ!」
「先輩!」

吹き荒れる陰気に身動きを封じられた仲間に、将臣はグッと剣に力を込めると茶吉尼天を見遣った。

「俺たちの守ろうとしているものを壊させはしねえっ!」

将臣の耳の宝珠が光り輝き、五行の力が満ちてくる。

「望美。準備、出来てるだろ?」
「うん」
「本気を見せてやる。――吹き荒れろ、狂風双嵐!」
「アアアアアアァァッ!!」

将臣と望美の気が交わり、激しい嵐が茶吉尼天を飲み込む。

「勝てた……私たち……勝てたの?」
(…………まだ……ですわ)
「!?」
(この力……白龍の神子を喰らえば……また私は……)
「うわぁぁぁぁっ!」
「おいっ!!」

茶吉尼天から伸びた尻尾に捕えられ、取り込まれようとしている望美の手を、将臣は剣を投げ捨て掴んだ。

「将臣……く、ん……」
「離さない……絶対に……っ!」

ズブズブと沈む身体。 引きずられながら、それでも将臣は望美の手を離さない。
瞬間、空が眩く光り輝いた。

「何だ?」
「上だ! 上を見てみろ!」
「龍神だ!」

聴衆の声に見上げると、空には白と黒一対の龍。

『神子は我らが守る。異国の神よ、消えよ』
「グッ……アアアアアアアァ!」

白龍と黒龍の放つ黄金の光に、茶吉尼天の身体が消えうせた。

『神子の祈りと将臣の願い、二人の想いが異界の神をも越えて、我らをまったき存在――応龍へとなさしめた』
『捧げよう』
『献じよう』
『神子には祝福を、あなたの立つこの地には我らの加護を』
『そして叶えよう。神子、あなたの願いを』
「私の願いは―――」

望美の願いに、応龍の身体が光り輝いた。

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