平家の神子

将臣2、越えられないライン

川の増水に阻まれ、引き返した望美は、将臣や譲と共に那智の滝へやってきた。

「大きな滝だね」
「さすがは那智大社のご神体ですね」
「こんな滝を見ると、子供の頃の旅行を思い出すな」
「ああ、家族ぐるみで先輩の家族と一緒に行ったやつか。こんなに大きな滝じゃなかったけど、水遊びしたっけ」
「一緒に何度か旅行にはいったけど……滝になんて行った? よく覚えてないなぁ」
「ずいぶん前の事ですから、先輩が覚えてないのも仕方ないですよ」

うーんと必死に思いだそうとしている望美を、譲が苦笑しながらフォローする。

「あん時は三人とも川に落っこちて、ずぶ濡れになったっけな。それでこっぴどく叱られたんだ」
「怒られた……? 私、全然覚えてないよ」
「仕方ないですよ。怒られたのは、兄さんだけだったから」
「…………??」
「お前、本気で忘れてるのな。また滝壺に落ちてみるか? 記憶がフラッシュバックするかもしれないぞ」
「兄さんっ! 何を言い出すんだ。先輩、こんな兄さんは放って、安全な方へ行きましょう」

顔をしかめ一人歩いて行ってしまう譲に、望美は慌てて将臣を振り返った瞬間、ずるりと足元が滑った。 身体が傾ぎ、滝壺へと落ちかけた望美を、将臣が引き寄せた。

「……ったく、俺の冗談をホントにするな」
「あ……ありがとう、将臣くん」

滝から離れた場所に下ろすと、望美が顔を赤らめ頷いた。

「今日はラッキーだったな。一人だったらお前、今頃ずぶ濡れだったぜ」
「うん。いつも将臣くんには助けてもらってるよね」
「ん? さっきの子どもの頃の話か? あん時、足を滑らせたのは俺だぜ」
「そのことだけじゃないよ」

そう言って笑うと、望美はまっすぐに見上げた。

「私、将臣くんと幼馴染でよかったと思うよ」
「そうか? 俺はいいか悪いかはよくわからねえな」

幼い頃から誰よりも近い存在だった望美。 彼女を守るのは、将臣にとっては当然のことだった。 けれども、それ故にできた越えられないライン。 そのことを苦しく感じ始めたのはいつからだっただろう?

「あんまり長くいると飛沫で濡れちまうか。帰るぞ」
「うん。ありがとう、将臣くん」

向けられた笑顔は、昔と少しも変わりなく、望美にとって自分はどこまでも幼馴染でしかないのだという事実に胸を締めつけられる。
この世界に共にやってきて三年。 その間に望美と将臣を取り巻く環境も大きく変化していた。 幼馴染だった望美は神子と崇められ、自分は亡き清盛の息子・重盛として平家を取りまとめる存在に。
滅びの運命から平家を救う。 望美の願いは、今や将臣の願いでもあった。
それが叶った時、自分たちの関係にも進展はあるのだろうか?
よぎった思いを頭を振って払うと、先を歩く望美を追う。
今なすべきことを考えて――。

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