「くすくすくす、よろしいですわ。皆さんでかかってらっしゃいな」
「なんだ? 北条政子殿の身体から恐ろしい気が……!」
「神子、私から離れないで」
「ただの人の身でこの私に刃向おうなど愚かですわ」
たおやかに微笑む政子から、ゆらりとふきあがったのは陰気。
「これは……!」
「正体を現したようだね」
「あら? 熊野別当まで……ふふ、なかなか隅におけませんわね」
望美をかばうように前に立ったヒノエに、政子が笑みを浮かべたまま目を細めた。
「このお嬢さんと一緒にいるということは……熊野は鎌倉に叛意あり、と思ってよろしいのかしら?」
「妖しげな神を信仰している頼朝より、神子姫様の方がずっといいんでね」
「……よく調べておいでのようね。どこまでご存知なのかしら」
ふっと表情の変わった政子に、九郎が割って庇い立つ。
「政子様、お下がりを!」
「いいえ。鎌倉殿の敵は私が排除しますわ」
「政子様……!?」
驚く九郎に、政子の姿が茶吉尼天へと変わる。
「本性を現したようだね」
「人の子の身で私にかなうと?」
「勝負はやってみないとわからないさ」
「ふふ、減らず口をいつまで言えるかしら」
ゴオォ……と吹き荒れる陰気に気持ち悪さを感じながら、望美は剣を構えた。
――瞬間。
「きゃあっ!」
「う……っ!」
見えない力に突き飛ばされ、地に倒れる。
「あらあら…どうしましたの?」
「く……っ」
押しつぶす力に、望美は歯を食いしばった。
「ふふ、ここまでのようですわね」
「そうかな?」
にやりと笑うと、ヒノエは真言を唱えた。
「ナウマクサンマンダボダナン……」
「真言? 何を……」
「マカカラヤソワカ」
「何っ、これは……く、クゥウウウ……ッ!」
急激に力を失った政子の顔色が変化する。
「私の力を……封じ込むとは」
「かつてあんたを破ったマハーカーラ……大黒天の真言だよ。己が天敵の力にはかなわないだろ?」
「ぐ……グググ……こんなもので神の力を……私を消すと――」
「とどめを刺すのは神子姫様の役さ。――望美!」
「うん! めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」
「アアアァァァーッ!」
眩い光に包まれた茶吉尼天が、絶叫をあげて倒れる。
「勝ったの……?」
「ああ、よくやったな。茶吉尼天は消えた。お前の勝ちだよ、望美」
茫然とする望美に、ヒノエが微笑む。
「ヒノエくんこそすごかったよ。茶吉尼天の力を打ち消す真言なんて、よく知ってたね」
「頼朝が信仰する神が隠れ稲荷神だってわかった時に調べておいたのさ」
真言の力がなければ封印できなかったかもしれない難敵に、望美は心から礼を述べる。
「これで……和議が結べるんだね」
ずっと望んできた、平家と源氏の和議。
それが現実となるのを実感して、望美の胸を熱くする。
「和議の後、俺に少し時間をくれないかな」
「? うん、いいけど」
「じゃ、決まりな」
パチンと片目をつむるヒノエに、望美の鼓動が高鳴った。
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