「――では、連署した書の通り、今後その方ら一門は恨みを水に流し、互いに一門の武力を使うことがないように」
「……よかろう。源氏の――いや、源頼朝、我は約条を守る」
「こちらも異存はない」
京の神泉苑。
そこで後白河院立ちあいのもとで、源氏・平家双方の棟梁が顔を付き合わせた。
「和議はなった。清盛、三種の神器の返納を……うむ? 剣と鏡だけではないか。八尺瓊勾玉はどうした?」
三種の神器の返還を求めた後白河院が問うと、清盛はにやりと微笑んだ。
「後白河、勾玉はすでに失われてない。なれど、我は勾玉よりも強い力を手にしたぞ」
清盛が懐から取り出したのは、黒い鱗。
「和議はよかろう。だが……頼朝、貴様だけは討つ!」
「――そうはいきませんわ」
「うおぉぉぉっ!」
突然頼朝の隣りに現れた政子から放たれた力に、清盛の顔が苦痛に歪む。
「このっ! 女狐めが、小賢しいわ!」
怒り、清盛が黒龍の逆鱗を掲げたその時。
ブン――ッ!
「なにっ!?」
黒龍の逆鱗を打ち砕く、一振りの薙刀。
「やはりあなたが黒龍が生じるのを妨げていたのですね」
「弁慶……貴様……ッまた我を裏切ったか!?」
黒衣を纏った弁慶に、清盛の顔が怒りに染まる。
「どこを見ていますの?」
「うああああああぁっ!」
「ひぃいいっ! 清盛様が化け物に飲まれたー!」
政子の姿が、狐を従えた茶吉尼天へと変わる。
弁慶に気を取られていた清盛は、一瞬にして茶吉尼天に取り込まれた。
「ふふ、これで邪魔者はいなくなりましたわね」
「く……っ」
「でもこれだけでは足りないわ。もっと強い魂がたくさんほしい……。ふふ、あなたも私に力をお渡しなさい!」
向けられた視線に、望美の顔が強張る。
瞬間、身体に異種の力が入り込む。
「うあぁぁっ!」
「望美!」
「神子殿!」
じわじわと内から食い荒らされていく感覚に、望美が苦痛の声を上げる。
「神子!」
差し込む眩い光。白き龍神の声に、失いかけていた望美の意識が場に戻る。
「神子、大丈夫か?」
「……あっ、私……?」
「くっ……龍神……邪魔を……!」
白龍の力で望美の内から追い出された政子は、憎々しげに龍神を見る。
「その力、私にお渡しなさい。平家の神子」
「そうはさせませんよ」
再び襲いかかろうとした茶吉尼天の前に、弁慶が進み出る。
「あら? 弁慶殿。あなたの裏切りのせいで、九郎は鎌倉殿に見限られましたのよ。平泉から共に与した友を見捨てるなど、ひどい仕打ちだこと」
「どう罵られようと構いませんよ。僕は僕の目的のために、源氏を離れたのですから」
「そしてまた平家をも裏切ったと?」
黒龍の逆鱗を壊したことを揶揄る茶吉尼天に、弁慶はただ黙って彼女を見る。
「神子を守りたいのなら、あなたも一緒に食べてあげるわ。二人仲良くね」
ふふ、と禍々しい言葉に似合わぬ笑みを浮かべると、茶吉尼天から強大な力があふれ出す。
「弁慶さん、下がってください!」
「大丈夫ですよ」
気遣う望美に微笑むと、ある真言を口にする。
「ナウマクサンマンダボダナン……マカカラヤソワカ!」
「くっ……これは……」
「天の大黒の真言ですよ」
急激に失われていく力に、茶吉尼天の姿が揺らぐ。
「いまです、望美さん!」
「めぐれ、天の声。響け、地の声! かのものを封ぜよ!」
眩い光に包まれた茶吉尼天に、絶叫をあげて政子が倒れこむ。
「そんな……この私が負けるだなんて……」
「政子!」
「ごめんなさい、あなた……」
頼朝に抱きかかえられ、意識を失った政子から、茶吉尼天は消えていた。
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