清盛の死後、二人の後見となった経正の邸へ身を寄せることになった望美と将臣は、福原から京へと移り住むことになった。
福原も豊かな土地ではあったが、やはり市がたつなど京は中心都市と言われるだけあってたいそう華やいでおり、望美は感嘆しながら敦盛と店先を覗き歩いていた。
「お嬢ちゃん、簪はどうだい?これなんか似合うと思うよ!」
店のおばさんが勧めてきたのは、桔梗の花の造花。
「うわ~! 綺麗っ!」
「……良い品だな。優れた職人が作ったものだろう」
望美と共に簪を見た敦盛が褒めると、おばさんはここぞとばかりに売り込んできた。
「にいさんもお目が高いねぇ。そうさ、これは京でも名のある匠の品。一点限りの貴重品だよ。どうだい? 可愛い嫁さんに買ってやらないかい?」
「嫁さんっ!?」
思わぬ言葉に、望美がぼっと顔を赤らめる。
どうやらおばさんは、望美と敦盛を夫婦と勘違いしているらしかった。
「……もらおう」
「毎度あり!」
「あ、敦盛さんっ!?」
驚き見る望美に、敦盛ははにかんだように微笑みながら、おばさんから簪を受け取った。
「あなたに似合うと思った。よかったら受け取ってもらえないだろうか?」
「そんな、悪いですよっ!」
居候している望美に自由になる金などない。
ぶんぶんと首を振ると、敦盛が眉を下げた。
「……迷惑だろうか?」
「そ、そんなことありませんっ! すごく嬉しいです」
「では」
手渡されて、改めて簪を見る。
それは本物の花と見まごうほど、よく出来ていた。
「ありがとうございます。大切にしますね!」
嬉しそうに微笑む望美に、敦盛は優しげに頷いた。
* *
「おや?」
京の案内を兼ね経正と大原へ散策に来ていた望美は、髪に向けられた経正の視線に、嬉しそうに微笑んだ。
「敦盛さんにもらったんです」
「敦盛が? ――そうですか」
控えめな弟が女性に贈り物をしたということに、経正が口元を綻ばす。
「簪の花は神子殿が選ばれたのですか?」
「いいえ。敦盛さんです」
「そうですか……ふふっ」
経正の笑みに含みを感じた望美は、不思議そうに彼を見た。
「経正さん? この花って何か意味があるんですか?」
「そうですね。きっと桔梗はあなたを示しているのでしょう」
「桔梗が?」
首を傾げ考えるが分からず、望美は降参と経正を仰いだ。
「わかりません。教えてくれませんか?」
「桔梗の花言葉は『清楚』。神子であるあなたに、ぴったりの花です」
「花言葉かぁ……」
繊細な敦盛らしい選択の基準に、望美はうっすら染まった頬を、照れくさそうにかく。
以前、戦後で高揚していた敦盛の怨霊の性が暴れ、将臣に襲いかかった時に、望美が神力で宥めたことがあった。
きっと敦盛は、怨霊の自分を宥める清らかな神子と、望美を崇めているのだろう。
「私は何もできてないのに……」
「あなたが傍におられることが、何より敦盛の心を支えてくださっているのです」
「………」
敦盛が暴走し、将臣に襲いかかった時に発した力。
それは望美自身、よく分からないものだった。
経正は怨霊を宥め、浄化する龍神の神子――白龍の神子の力だと言ったが、望美は知らず与えられたその力にただ戸惑っていた。
「私は本当に神子なんでしょうか?」
小さな呟きに、経正は笑顔で、しかししっかりと肯定する。
「怨霊を浄化する力は、白龍の神子にのみ授けられる稀なる力。あなたは白龍の神子に間違いありません」
「だって神子って、伝承の中でしか知らない存在でしょう? なのに、どうしてそんなに決めつけることができるんですか?」
ムキになって喰いかかったことを恥じ入るように目をそらした望美に、経正は優しく言葉を紡ぐ。
「全てを優しく包みこむあなたの柔らかな気は、怨霊だけでなく人の心を癒し浄化している。それは神気ではなく――あなた自身が放つ尊き輝きなのです。それほど美しい心をお持ちのあなただからこそ、龍神は神子に選ばれたのでしょう」
「経正さん……」
神子の資質を望美に見出す経正の言葉に、望美が続く言の葉を紡ごうとしたその時、後ろからグギギ……ッと、おぞましい声が聞こえてきた。
驚き振り返ろうとした瞬間、強い力で引き寄せられ、望美は経正の腕の中へと匿われた。
「経正さん!」
「く……っ」
望美を庇った経正の腕から血が流れ、みるみる変色していく様に青ざめる。
なおも襲いかかろうとしている怨霊に刀を振るうと、経正はがくりと膝をついた。
「経正さん! 大丈夫ですか!?」
「ええ……。っ……」
頷くも、その顔はひどく青ざめていて、望美は急ぎ止血しようと、持っていた布で傷口に触れた。
瞬間、ぱあっと光り輝いたかと思うと、変色していた腕が肌色に戻った。
「……痛みがひいた……穢れが祓われたのですね」
驚きつつ、たどたどしい手つきで傷口を縛る望美に、経正が柔らかく微笑む。
「あなたはまごうことなき、白龍の神子です。どうか、我が一門を見守りください」
「経正さん……」
自分が起こした確かな奇跡を目にして、望美は戸惑い経正を見る。
と、視界の隅に、先程切り倒した怨霊が浄化されず、そのままであることが映り、慌てて立ち上がった。
瞬間、ぐらりと眩暈を起こす。
「……神子殿っ!?」
経正の慌てた声を遠く聞きながら、望美の意識は遠く薄れていった。
* *
「……ん……」
「将臣殿」
「お? 目ぇ覚めたか?」
聞き慣れた幼馴染の声に、望美はゆっくりと枕元に座る将臣を見た。
「将臣くん……私?」
「お前は出先で気を失ったんだよ。覚えてるか?」
将臣に言われ、望美は気を失う前の出来事を思い出した。
「経正さんは!?」
「私はここにおります」
「良かった……」
ほっと安堵の息をはく望美に、経正は心配そうに見つめた。
「神子殿こそ大丈夫ですか? 急に意識を失われてしまい、驚きました」
「あ……怨霊を封じようと思ったら、なんか身体の力が……」
倒れている怨霊を封じようと意識した瞬間、急に身体ががくんと重くなったのだ。
「怨霊、封じられなかった……」
「龍神の神子は、龍脈を流れる五行を力の源とされる。龍脈が乱れた今の状況では、きっと十分な力を振るえないのでしょう。神子殿のせいではありません」
優しく励ます経正に、しかし望美は小さく首を振るとうなだれた。
この世界にやってきて、突然神子と崇められるようになって。
そのことにただ戸惑うばかりで、神子としての自覚を何も持とうとはしなかった。
そのせいで、今日経正を傷つけてしまったのである。
「神子の力って……どうすれば強くなるんだろう?」
「望美?」
望美の真剣な声色に、将臣が驚き見る。
「先程申し上げたように、神子の力は龍脈を流れる五行。龍脈を乱す存在を……怨霊を封じていけば、力を蓄えることができるかもしれません」
「だったらやっぱり剣を覚えないとだめだね」
「神子殿?」
「力が弱いんじゃたぶんいきなり封印はできないと思うから。それならまずは弱らせなきゃダメでしょ?」
だから、と二人を見上げ微笑む。
「私にも剣を教えてください。神子として力をつけるために」
逆らえない大義名分を口にすれば、困惑した表情の経正に吹き出す将臣。
「望美の勝ちだな」
「しかし……」
「今の世の中、護身もかねて覚えさせるのもいいだろ?」
将臣の言葉に、経正は渋々ながらうなずいた。
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