平家の神子

41、ヒノエとの再会

前の時空と同じく、経正や重衝に連れられ、望美は後白河法皇が催す雨乞いの儀へとやってきていた。

「あそこで舞を舞うんですよね」
「ええ。院が召された白拍子達が、龍神へ舞を奉納するんです」
「神子様が舞われれば、きっと龍神はすぐにでも姿を現してくれるのでしょうね」
「私は……」

神子と自分を愛しんでくれた白龍。 炎に包まれた望美を救うため、命の源である逆鱗を手渡し、消えていった姿を思い出し顔を曇せた。

「しかしここで神子殿に舞を奉納して頂くと、後白河法皇はきっと傍元にと望まれるでしょう」
「ああ、それはいけませんね」

以前の時空でも、雨を降らせた(実際には望美が願ったからなのだが)白拍子を当然のように求めていた後白河法皇のこと、それは十分に考えられた。

(冗談じゃない。法皇の元で余計な時間を費やす暇はないんだから!)

望美には平家を滅亡の運命から救うという、大きな目的がある。
ぶんぶんと首を振ると、重衝がふふっと微笑んだ。

「神子様を法皇の側女になどさせませんよ」
「ええ。あなたは『平家の神子』ですから」

重衝と経正に、望美は彼らが口にした『平家の神子』という言葉を噛みしめる。

(そう……私は『平家の神子』として彼らを救いたい)

望美の身を案じ、平家から出した経正。
源氏から離脱する時に身を挺してくれた敦盛。
源氏に一時身を置いた望美を信じ、軍に加えてくれた重衝。

(みんなを守りたい)

強く思う。

「あれ?」

ふと視界に移った見覚えのある紅。

「神子殿?」
「すぐ戻るから!」

経正たちに手を振ると、紅の影を追いかける。

「え……っと、確かこっちに……」

きょろきょろと辺りを見渡していると、どんと男にぶつかった。

「なんだ? ……お? いい女じゃねえか」
見下ろす男に、たちの悪いのに当たってしまったと、悔やむ間もなく取り囲まれる。
そっと剣に手を伸ばした瞬間、凛とした声が割って入った。

「目障りなんだよね、そういうの」
「こいつ……っ!」
「おい、待て。こいつは……」

掴みかかろうとする男を、側にいた仲間が止める。

「簀巻きにして重石をつけて、鴨川に放り込んでやってもいいけど――面倒だ。さっさと失せな」

相手を見て分が悪いと悟った男達は舌打つと、人ごみの中へと消えていった。

「大丈夫だったかい? 一人でうかつに歩いてるなんて、用心が足りないよ? 神子姫様」
「私、あなたに会いに来たんだよ」
「へえ、だったら心が通じたってことだね。実は、俺もあんたに会いたかったんだよ」

懐かしい人に微笑むと、ヒノエがつっと口端をつり上げた。

「お目にかかれて光栄だよ、神子姫様。あんたが平家に現れて以来、ずっとあんたのことを見てたからね」
「私が、源平の戦にどんな影響を与えるか知るために?」
「もちろん、それもあったけど――姫君が気になって仕方なかったのも、ホントなんだけどな」
「やっぱりヒノエくんだね、その言い方」

甘い言い回しに苦笑すると、ヒノエが片眉をつりあげた。

「へえ、この名前を言い当てるとはね。予想外だったよ、神子姫様」
「うーん、言い当てるというか、初めからわかっていたというか……」
(時空を越えた、なんて言っても信じてもらえないよね……)

望美にとっては初めてではないが、ヒノエにとってはこれが初めての出会い。
逆鱗のことを省いて説明するのは困難で、望美は笑って誤魔化した。

「それより、せっかくだから私のことも名前で呼んで? 『神子姫様』って照れくさくて。望美でいいよ」
「じゃあ、これからは名前で呼ばせてもらおうかな」

微笑むと、ふと考えるように眉を歪める。

「……なあ、ホントに俺たち、どこかで会わなかったか? なんか、初めて会ったような気がしないぜ」

この時空のヒノエに望美の記憶があるはずもない。
けれど、もしかしたら……そんな思いがつい胸を掠める。

「もしかしたら、どこかで会ってたかもね」
「ひょっとして、俺たち運命の赤い糸で結ばれてるんじゃない?」
「う……運命の……赤い糸?」
「ああ。出会うように定められてたってこと」

そうして手を取ると、甲に触れた唇がにやりと笑みを象る。

「せっかくだから、お近づきのしるしにどこかにでも……っと、残念、時間切れかな。守り役の登場みたいだね」

こちらに向かってくる足音に、ヒノエがすっと身を離す。

「ヒノエくん?」
「逢引は邪魔者がいない時に。じゃあね、望美」

ひらりと身を翻し、あっという間に人ごみに紛れて消えた姿に、望美は瞳を瞬く。

「相変わらずだなぁ……」
「神子様。こんなところにいらしたのですね。突然いなくなられたので心配しましたよ」
「あっ、ごめんなさい」
「こうした催しには様々な者が集まります。中には物騒な輩もおりますから、一人歩きは危ないですよ」
「そうだね。ちょっと危なかったかな」
「え?」
「ううん、なんでもない」

驚く敦盛に、望美は手を振ってヒノエのいた方を目で追う。
前の時空とは違う、ヒノエとの再会。
それはまた一つ、運命が変わったことに他ならない。

(ヒノエくんにも協力してもらわないといけないものね)

中立を守っている熊野がどちらかに手を貸せば、源平の戦は大きく揺れるだろう。
一人決意を新たにすると、望美は重衝たちと共に雨乞いの儀を見るために戻っていった。

* *

その姿を物陰から眺めていたヒノエは、不意に額に熱を感じてうずくまった。

「……っ! …これは……」

指先に感じる違和感に、ヒノエは改めて望美を見る。
額の異物の正体。
それは、伝承に描かれる神子を守るものの証。

「さあて、どうしようか」

今はまだ関わりを持ちたくはない――それは偽りのない本音。
彼女がどのような影響を与えるのか、まだ見極められていないから。
しかし――。

「面白いね、神子姫様」

彼女を守る者の中に見えた宝玉。
あれを身に埋めた者を、ヒノエはよく知っていた。
望美がこの先どう進んでいくのか?
ふっと唇をつり上げると、ヒノエは雨乞いの儀を後にした。

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